2009年11月13日

とっくに過ぎたけれど、お月見の話。

旧暦九月二十七日 壬戌(みずのえいぬ)

 本日、今年三度目、最後の「13日の金曜日」。でもって、大安吉日です(笑)。

 すっかり、あいだが空いてすみません。
 ご心配いただいたかた、ありがとうございます。いたって元気なのですが(笑)、いつまでたっても、時間の使い方が、上手になりません(嘆)。

 どうも、しまりのない時間に追われている中、もうずいぶん前ですが、先月の末には、まるまる半日、何の役にも立たないことばかり(笑)愉しんできて、いい週末がありました。

 その日はまず、午後、京都大学であった「 宇宙と物質の謎に迫る 」という市民講座を聴きました。「 マクロな量子現象 」「 ブラックホールと宇宙の進化 」「 宇宙暗黒物質の謎と未知の素粒子 」と盛りだくさんな三講義。
 いやあ、半分も理解できなかったけれど、面白かった。
 宇宙論は、子どものときから興味がある。
 ろくに数学も化学も勉強してこなかった浅学の徒には、話がこみ入って数式や化学式が出てきたりすると、もう、お手上げだけれども、ミクロとマクロの世界をつないで、論理的に体系付けながら、自分自身の存在の不思議を探るという、物理学の世界は、魅力的だ。

 高校時代からの友人と一緒に行ったもので、休憩時間に与太話を交わしているだけでも、くつろいだ時間が過ごせた。
 あ、念のために、京大は母校ではありません(笑)。

 そのあと、夜には、お月見の会があった。
 西賀茂に正伝寺という臨済宗のお寺があり、この本堂の広縁から見る、小堀遠州作といわれる「 獅子の子渡し 」の庭の向こうには、借景とする比叡山から月が昇る。
 たどり着いた時間が少し遅かったので、この日「 十四夜 」の月は、もうかなり高みに上がっていたが、なんとも、絶景だった。

 用意された松花堂弁当も、本堂から漏れる灯りだけの暗がりで食べるには惜しい美味。お酒は、シャンパン、日本酒、ワイン、焼酎……、こういう集まりでのお決まりとなる、持ち寄り銘酒の華やかなチャンポン(笑)。西条柿のデザートあり、薄茶のお手前ありで、贅沢な時間を過ごさせていただいた。
 いや、この準備の労をとって、お誘いいただいた、二人のYさんに感謝。

 この夜、愉しんだのは、「 のちの月 」の宴。
 年中行事本来の「 のちの月 」は、前夜の「 十三夜 」にあたる。
 いわゆる「 中秋の名月 」は、旧暦の八月十五日で「 芋名月 」と呼ばれ、「 十五夜 」の満月で、まんまるお月さま。同じく旧暦の、翌、九月十三日は「 栗名月 」「 豆名月 」と呼んで、「 十三夜 」の、まんまるになる少し手前、のお月さまである。
 中秋の名月に月を眺めて酒宴をもよおす、という風習は、中国から伝わったという。
 『 大漢語林 』には、中国の年中行事として紹介されている。

八月十五日〈 中秋節 〉
 中秋の明月( 「端正の月」 という)を賞しながら( 翫月 ガンゲツ・賞月 )、一家の団円、みなが欠けることなく集まることができるのを願った。この日に食べる月餅 ゲッペイ にも、この願いが込められている。

 ただし、その翌月に「 のちの月 」を愛でる、という風流は、どうやら日本独特のものらしい。中国にはなかったそうだ。
 でもって、日本的風流では、「 中秋の月 」と「 のちの月 」は、必ず両方見なさい、ということになった。どちらかだけしか見ないと「 片見月 」といってきらわれた。
 そこまでうるさく言わなくてもいいのに、とも思うけれど、このあたりが、日本の美学。花鳥風月、なのですね。

 その、のちの月、も、満月の十五夜ではなくて、十三夜。
 先に、完璧な真円の月を見ているから、翌月もまた、まんまる、では、何か芸がない。かといって、欠け始めでは、いまひとつ縁起もよくないし、あと少しで満ちる、といった十三夜の月を愛でるのが、情感もあってよいのではないか、と、考えたのでしょう。
 日本庭園でも、西洋庭園と違って、完全な対称配置って、まずあり得ないもんね。

 のちの月が十三夜に落ち着くまでにも、ひょっとしたら、あれこれ紆余曲折があったかもしれない。十四夜くらいがいい、とか、いや、十二夜くらいでないと違いが出ない、なんて。
 ちょっと飛躍しすぎるかもしれないけれど、そんなことを、おそらく最初に始めた王朝人たちの、「 くだらないこだわり 」を歴史背景に持つ京都だったからこそ、京都大学で物理学が進展して、湯川秀樹さん以来の伝統が根付いたのではないか、と、思ったりする。

 宇宙論も、月見も、日々の暮らしやビジネスに、何の役にも立たないからこそ、面白い。
 で、きっと、「 クリエイター 」には、それが大切なのです(笑)。
   
タグ:名月
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2009年10月23日

人材「教育」という洗脳。

霜降(そうこう) 旧暦九月六日 辛丑(かのとうし)

 二十四節気の「霜降」。
 このころ、はじめて霜が降りて、秋が終わる、という。
 KBS京都の女性アナウンサーが、天気予報を伝えながら、「しもふり」と呼んでいた。
 わざわざ、そう呼んだのかなあ(笑)。
 まあ、しもふり、とも読めるので、間違いというわけではないかもしれないけれど、ほかの二十四節気が、みんな、夏至(げし)とか、大寒(だいかん)などなど、音読みだから、やっぱり「そうこう」が自然でしょうねえ。
 ともあれ、次にやって来るのは、もう、11月7日の「立冬」です。

 このまえの日曜日だったか、晩メシを食べながら、つけっぱなしのテレビを、チャンネルサーフィンしていたら、なになに? 人材育成がどうのこうの、みたいな話をしていた。
 むむ、と、興味をひかれたので見ていたら、「接遇」のプロ、だとかいう、オバサンが出てきて、その人物による「人材教育」の様子を取材していた。
 テレビ局としては、画期的な接客のノウハウとでもいいたいのでしょうか、少しだけ見ていたけれど、気分が悪くなって、チャンネルを変えた。

 その後、どうも後味が悪くて、あれは何の番組だったのか、新聞を引っ張り出して、テレビ欄を見てみたら、どうやら「エチカの鏡」という番組だったようで、さらに、ネットで、番組の案内を見たら、そのオバサンは、平林都さんという、「エレガントマナースクール」(という会社?)の代表取締役、となっていた。

 いやいや、もう、めっちゃ、エレガントやったね(溜)。

 わずかしか見ていないので、正確さを欠くかもしれないが、確か、経営状態がよくない病院から依頼され、そこに乗り込んで、新たな人材募集を専業主婦に絞り、病院の受付というか、待合というか、そこで、患者さんを「接遇」するスタッフとして育てた。その結果、大きく、売上げ( とは言わないかな )が伸びた、という成功譚。

 現状の病院を考えた場合、まず、来院した人たちに気持ちよく待っていてもらえるように、気配りを尽くす、というのは、まさに、そうあるべきで、笑顔で快適な環境づくりに努力する、というのは、おおいに頷ける話である。

 しかし、画面で見せていた、その「教育」の様子は、不愉快そのものだった。
 指導を受けているスタッフが、「接遇」オバサンの意図を、きちんと理解していなかったり、少しでも意欲に欠けるとでもみると、いきなり、激しい罵声を浴びせるのである。
 それも、「おまえは、なにやっとんじゃい!」みたいな言い方で、およそ知っている限りでいちばん汚い関西弁である。
 関西のヤクザ屋さんが、人を脅すときでも、もうちょっと紳士的だろうな。

 かつて、「地獄の特訓」といった「人材教育」がはやった。今でも、おそらくやっているところはあるのだろう。
 地獄の特訓、のたぐいを受けたことはないので、詳細はわからないけれど、基本パターンとしては、徹底的に肉体を酷使させたり、睡眠時間をわずかしか与えなかったり、あるいは徹底的に罵るなど人格を否定ないし破壊して、意識を混濁させながら服従へと導き、そこに、目的遂行への忠誠心と、シンプルでわかりやすい営業規範のようなものを植え付けていく。要するに洗脳である。

 軍隊がやる方法ですね。
 兵隊が、いちいち論理的に考えていたら、作戦通りに戦力は活かせない。命令した方法で、一斉に同じ方向へ向かってダッシュしてくれないと困るのである。
 「接遇」の指導にも、なんとなく、通底するものを感じたのは、うがったみかただろうか。

 番組では、来院者数は増えた、というようなことを言っていた。それは、わからなくはないのだが、何か違う、という気がする。
 まず、第一に、あんなふうに、ののしられて「教育」されて、心底から、人に向かうあたたかな心が育つわけがない。
 「接遇」オバサンは、自分の子どもも、あんなふうに、ののしり、罵声を浴びせて育てたのだろうか。

 専業主婦をスタッフ募集の対象に選んだ、というのは、「職場環境」にウブな人が多いからだろう。
 はじめて働く、というような人であれば、権利意識も薄いし、明確な自己主張もない。兵隊を育成するには好都合である。

 「接遇」などという、造語ではないけれど、これまであまり人が言わなかった言葉をピックアップして、自分なりの「ノウハウ」の体系化をを図り、本人は、おそらく、信念を持ってやっているのでしょう。
 それは、本当の根のある信念ではなくて、何となく、心理的には、不安とコンプレックスの裏返しのような、弱点を強気でカバーする、みたいな気もするけれど、それは、まあ、さておいて、いったん声高に主張をし、誰かが、それは素晴らしい、なんていうと、もう、後戻りできなくなってしまう。
 見た目の成果もあがり、こういうスタイルには、必ず、信奉する経営者が出てきて、ライオンズクラブあたりの口コミから(笑)、信者が広がる。

 番組の中での、病院への来院者のコメントは、たいへんよくなった、というものばかりだった。
 それは、必ずしも編集によるというわけでもなく、お年寄りの本音だろう。
 ビジネスとして、お年寄りと「心を通わせる」スタイルは多い。真っ先に、かつての豊田商事事件を思い出させるが、リフォーム詐欺でも、高額布団の訪問販売なんかでも、みんな、人の良いお年寄りと「心が通った」あげくの話である。

 「人材教育」は、人材育成の核心である。
 企業にとって、人材の育成は、事業の継続、存続を確保するために、最重要の課題である。
 もちろん、人材にも、さまざまなポジショニングがあり、将来の経営トップも必要であれば、現場の指揮官も、技術者も、コーディネーターも、さまざまな才能が育たなければならない。

 しかし、テレビでみた「接遇」オバサンの「教育」は、失礼ながら、育成、というより、使い捨ての人材を、どう「作り上げる」か、というふうにしかみえなかった。
 ひょっとしたら、たまたま、そうして採用された専業主婦の中から、経営陣に参画できるような人材が現われるかもしれないが、もし、そんなことがあっても、それは、この「人材育成」によって「育てられた」というものではなくて、本人の資質が機会を得た、ということでしか、あり得ないだろう。

 社会にとっても、企業にとっても、基本的な要請は、拡大再生産することである。将来に向かって、必ずしも「売上げ」のような、量的なものだけでなくて、その質的な面においても、長期的にみて、拡大再生産を持続できていることが、重要なはずである。

 「接遇」は、マナーを教えているだけで、「人材の育成」をめざしているのではない、ということなのかもしれないが、罵って人を指導する、という方法論も、「成果」があがればあがるほど、その職場で、継承されていくだろう。それは、すぐれた「人の心」かどうか。

 そして、大きな落とし穴がある。
 成果があがっているようにみえるけれど、その「人材教育」と「人材」の確保にかけている費用は、じつはランニングコストであって、将来に利益をもたらす投資ではない、ということだ。
 本来の人材育成は、研究開発と同じ、事業の将来への投資である。しかし、今、とりあえず客が呼べる、という人材への投資は、設備投資にもならない。メンテナンス費用のようなものである。
 みんな、目先の、即効性を求めたがる。

 まあ、病院で、あんなふうな「接遇」がもてはやされるのも、これまでの医療機関の怠慢の結果であり、国民の医療環境を劣悪にして、医療制度や医療機関そのものが成り立たなくなるような時代を放置してきた、これまでの政治が悪いといえば、それまでなのかもしれない。だけど、「人材の育成」を、人まかせでまかなえる、と、経営者が思っているのなら、いつか、きっと、痛いしっぺ返しがくるにちがいない。
   
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2009年10月15日

ミシュランガイド、京都・建仁寺で記者発表。

旧暦八月二十七日 癸巳(みずのとみ)

 明日、ミシュランガイドの「京都・大阪」版が出るらしい。
 一昨日、13日には、京都の建仁寺で、発表記者会見があった。
 もちろん、記者クラブにも雑誌協会にも入っていないので、参加してはいません(笑)。

 もっとも、雑協でも記者クラブの会員でもないはずだけれど、ブロガー「記者」9名と、ツウィッター「レポーター」1名を招いたそうだ。
 それは、「サクラ」と呼ぶのが正しいでしょう(笑)。

 記者会見はお土産付き。松栄堂さんのお香と香立て、そして建仁寺ゆかりの風神雷神の図柄が入った香皿のセットだったそうだ。
 粋ですね(冷)。
 建仁寺という場所での記者発表といい、老舗の香のお土産といい、ミシュランの広報が自らできるセッティングとも思えなくて、どうせ、広告代理店が仕切ったのだろうけれど、京都の感覚からすると、凝ったよ! という、底がみえみえの、いかにも京都、とみせる浅瀬で、なんだかあたりまえすぎて(疲)、おー、なるほど、ふんふん、という感じでしょうね。

 どうせなら、香立てに香皿より、聞香炉(ききごうろ)のセットにでもしてほしかったな。もらったひとが、食の本の記者会見だからと、つい、そば猪口と間違えたりなんかする? と楽しい(笑)。でも、予算が無理かな。
 いずれにしても、デリケートな味覚の京料理を味わうときに、いくら良い香りでも、お香をたいていては、ぶちこわしでしょう。
 凝ったつもりで、いかにも京土産、になってしまいましたね。

 ついでに振り返れば、日本では、すでに平安時代に、貴族の屋敷には便所らしい設備がそなわっていたらしいけれど、フランスの宮廷にはなかったそうだ。そのため、フランス貴族のみなさんは、館の中の暗がりで用を足していた。
 さぞ、いい香りがしたことでしょう。
 貴族の城館は広いからそれでいいかもしれないが、市民はそうはいかない、二階のバルコニーなんかから、前の道路へ投げ捨てていたのだそうだ。うっかり浴びるとたいへんなので、それをよけながら道を歩く、といった記述が、ときどき出てくるらしい。
 街も臭い、体臭も強い、で、おフランスで香水が発達した。元来、香水の源流は「臭い消し」なんですね。

 『源氏物語』なんかにみる王朝貴族の「香り」は、その点、品がある。
 光源氏が通ったあとには、うっとりするような残り香がほんのり漂った。この時代、未婚の男と女が顔を合わせるなどということはタブーだったから、歌を詠んで消息(手紙)とすることが貴重な伝達手段であるとともに、それぞれ、香りで自己表現して、誰かが廊下を通っていっても、香りから、それが誰だかわかった。
 当然、鼻を突き刺すような、強い香水のような香りではない。
 それに、食べるものも考えて、体臭まで調整していたらしい。

 少し前、TOTOさんのおトイレ調査に関連して、京都の街角で、京美人が立って用を足す、というお話を紹介した。
   http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/128929388.html
 今どき、欧州からツッ込まれているけれど、じつは、日本は、むかしは、とっても「エコ」だったんですね。二階から、人通りを考えずに汚物を撒き散らしたりせず、ちゃんとそれが郊外で野菜の栄養になり、循環する社会をつくっていた。
 「近代化」で、欧米化する前は、もともとエコの国です。

 で、そういう日本の文化姿勢の伝統からは、人のウチに土足で上がり込んで、しつらいや、家人の態度、庭の眺めのよしあしなんかを、あつかましく評価する、といった傲慢さは、基本的に是とされなかった。
 そういうことをとやかくいうのは、失礼きわまりない、という、礼儀作法ですね。

 「京都・大阪」なんて、ひとからげにするのも、ヘンだ。
 京都と大阪の食文化は、かなり違う。大阪には大阪の良さがあり、京都には京都の良さがある。そこには、異質な価値基準が厳然と存在する。
 案の定、京都での三つ星評価は六軒、大阪は一軒だった。
 神戸は、対象にならなかった、と怒っているらしい(笑)。

 この記者発表に先立って、刊行日と概要の記者会見が、京都商工会議所で、八月末か九月初に行なわれているが、京都新聞によると、その席で、ミシュランガイド総責任者のジャック・ナレさんという人物が、「一部店舗に一方的評価への反発があること」について、こう言ったそうだ。

 「レストランは毎日お客さんに評価されている。判断されたくないなら仕事を変えるべきだ」

 そりゃそうだ。えらそうに言ってくれるけれど、あたりまえのこと。
 要は、「評価するための目的」だけで来るあなたがたを、「お客さん」と思えるかどうか、だけのことですね。

 本をみる気にはなれないが、新聞に載った( メディアがわざわざこうしてリストを紹介してミシュランタイヤの利益に直接手を貸すのもどうかと思うが )店名をざっとみると、聞き慣れたようなところが多い。
 おそらく、選択に、それほどのミスはないのだろう。
 ただ、ふだんは、本来、わざわざ星いくつ、つけるかの目的で来る「客」と店といったような、そんな関係で、成り立っているわけでないことは確かだ。

 「格付け」が、いつの頃からか、やたらに目につくようになった。
 だけど、さも信頼と権威があるようによそおった「格付け」が、いかに空虚であてにならないものかということは、金融危機における、リーマンブラザースの破綻が、ものの見事に示している。
 とにかく、ミシュランリストの中から、第二の船場吉兆が出ないことだけを願いましょう。( http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090418-1.html
   
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2009年10月10日

「萌えの日」って、知っていました?

旧暦八月二十二日 戊子(つちのえね)

 十月十日は、「萌えの日」なのだそうだ。
  まあ、いろいろ、思いつきますね(笑)。

 なぜか萌えの日なのかというと、「萌」の字をタテヨコに四分割して、右から左へ、上、下、上、下と読むと、十月十日となるから。
 なるほど、旧字であれば、くさかんむりは真ん中で分かれているものね(頷)。
 右から左へ、タテ書きで読む、というところが渋い。

 十月十日は、公式には、一応、体育の日、と認識していた(笑)。
 これは、45年前、1964年の東京オリンピック開会の日を祝日としたのだそうだ。
 とすると、もしも、再び東京でオリンピック開催、ということになっていたら、もうひとつ、祝日が増えていたところかな。
 でも、今、休みばかり増えても、可処分所得が増えないことにはねえ。

 もっとも、「体育の日」は、ハッピーマンデー制度ができたもので、今年は十二日になった。
 もう、公式には、国民休日の「○○の日」は、たいてい、その由来を無視して、単なる追加休日になっているから、体育の日も、ただの「10月のハッピーマンデー」と呼んだほうがよさそうだ。

 「萌えの日」なんて、聞いたこともなかったけれど、日経MJ(9/16)によると、「数年前から、ネット上で言われるようになった」のだそうだ。
 こういった「自然発生は近年では珍しい部類に入る」というパターンは、これが、ほんとうに定着したとなれば、じつに面白い。
 「もっとも現在のところ、本格的な記念イベント開催などの大きな動きにはなっていない」と、あったけれど、そりゃまあ、こちらも、この記事で初めて知ったくらいだから、そうでしょうね(笑)。

 だけど、現実に、ネット上であれ、秋葉原であれ、定着していくとすれば、おそらく、オタク仲間さんたちが、よってたかって、いろんな、この日の儀式を考えつくだろうし、そうなると、どこかの企業なんかが、それにのっかって利用しようと、スポンサードしたりして、バレンタインデーみたいに普及する可能性もある。

 萌え、のコンセプトは、未だ、ちゃんと理解できているとはいいがたい異次元世界ではあるのですが、うーん、いまや世界に受け入れられた日本文化らしい。
 その範疇に入れていいのかどうか、わからないけれど、NHKの「東京カワイイTV」なんかも、官営テレビに似合わず、珍しく面白かった。

 萌えは萌え、として、さておいても、ことさらオタク文化というだけでなく、アニメや、ちょっとした日本製品のモダンレトロ、たとえば友禅染の地下足袋、なんていうものも含めて、「ジャパンクール」が人気らしい。
 義弟の家にホームステイにきているドイツ人の、ふつうの女子高生が、日本語を話せる、と聞いたときには驚いた。

 アジアの国々の、低所得層の人たちが、日本でかせぐために日本語を学ぶ、つまり、日本人が、国際マーケットという欧米市場で稼ぐために英語を学ぶのと同様に、職業的な必要性という向上心で外国語を学ぶ、という動機ではないわけだ。
 たとえばフランス文学を原文で読みたいから仏語を学ぶ、というような、文化的欲求でもって日本語を学ぶ、それも誇り高く、どちらかといえばアジアを未だに馬鹿にする傾向も残るような、ヨーロッパの白人が学んでいる、というのは、ちょっと、国際社会への認識を改めましたね。

 さて「萌えの日」は広まっていくのでしょうか。
 ただ、何かの日、をつくっても、そこに、クリスマスやバレンタインデーのような、なんらかのアクションがともなわなければ、普及、定着は難しいのではないか。
 オタクのみなさんの、センスのみせどころ、でしょう。

 考えてみると、○○の日、というのは山ほどある。
 企業や団体が、今も、勝手に、次々とつくりだしている。
 もちろん、ただ勝手につくるだけでなく、うまく販促に活用すればいいのではないかと思うのだけれど、あまり活かされているとは思えない。
 ○○の日、も、何でも、適当につくれそうだと思うけれど、それも、案外、難しい。
 たとえば、製造業はむずかしい。パワーデバイスの日、なんて、つくられたとしても、誰もピンとこない(笑)。
 日常の中に、ちょっとした実感がなければ、やっぱり、受け入れられはしないでしょうね。

 先の記事にあった「自然発生的」というのは、重要な要素である。
 自然発生、というのは、たしかに、なかなか、まれなことだし、自然に普及し、自然に浸透してきた、とすれば、そういう広がりへの爆発力を内在している可能性がある、といえるだろう。

 「萌えの日」の紹介は、日経MJの「キーワード」という、レギュラーの囲み記事にあったのだけれど、このワクの中には、いつも「3行ニュース」というものが並記されていて、電光掲示板的な短文で、同時代の動きを報せている。
 そこには、こんな3行が記されていた。

     ペットに特化した祈願などで知られる東京
    都新宿区の市谷亀岡八幡宮は「ペットの七五
    三」を受け付け。完全予約制で12月14日まで。 

 いやはや、すばらしい商魂。
 日経さんもまた、よく拾ってきますね(笑)。
 八幡さん、といえば、たしか、中世以来、武家の守護神となった神さま。
 七五三は、子どもの成長にともなう通過儀礼で、節目節目の厄払い。お宮参りから結婚式にいたるまで、地元の氏神さんが、なんでも面倒をみる、というのは普通ですが、かといって、「ペット」の通過儀礼、というのもねえ。
 ペット、であるなら、カメやトカゲなんていうものも、受け付けてもらえるのだろうか。

 神社も経営は苦しい。
 でも、ちょっと、やっていいことと…、と思うのだけれど、ペット溺愛、のブームは根強く、案外、ウケるかもしれない。

 萌えの日、と、ペットの七五三。
 フィールドは、ちょっと異なるとはいえ、かたや、思いつき的な「自然発生?」と、かたや、知恵をしぼった儲けの「アイデア」。
 はてさて、どちらに軍配が上がるだろうか。
   
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2009年10月07日

報道番組、なのだけれど。

旧暦八月十九日 乙酉(きのととり)

 「なんで、あんなに、濡れた唇でニュースを読む必要があるのん?」

 ニュース番組など、ふだん積極的に見ることのないカミさんが、以前、夜遅く点けていたテレビを、通りすがりに目にして、馬鹿にしたように言い、そのまま行ってしまったことがある。

 そやねん(笑)。そのとおり!

 やたら濡れた印象の口もと? で、うるうるして、上目づかいで、ちょっと斜めにからだを向けてニュースを読む、というスタイルには、ふだんから、なにか違和感があったし、報道番組、と呼ぶには、ものすごく抵抗があった。
 しかも、わざとライトを落として暗くした背景のつくりかたといい、行ったことはないけれど、銀座あたりのクラブかなんかでも、イメージしているのかしらね、といった画面づくりは、まあ、報道番組というより、深夜番組という位置付けだったのでしょうか(笑)。

 だけど、オトコが、そういうことを言ったりすると、どこか、セクハラになるんじゃないか、みたいな遠慮があって、「言い出せないでいた」ようなところがあった。

 いや、我が意を得たり。オンナが先に言ってくれると、オトコとしては言いやすい(笑)。

 それが、どうも、最近見ないな、と思っていたら、滝川クリステルさんは降板したらしい。
 ネット上では、高額ギャラがネックになってリストラされた、なんていう話が飛び交っている。

 まあ、滝クリさん、がどう処遇されたかには興味ないけれど、放送局も、経済情勢と媒体環境の変化で、広告収入は急低下しているだろうから、さすがに、非常識なギャラに気づきはじめた、ということなのでしょうか。

 もっとも、リストラはテレビだけではない、あらゆるメディアがコスト削減に汲々としている。
 トップクラスの週刊誌でさえ、フリーカメラマンに、写真撮影が1点5千円、なんていうこともあるそうだ。カット5千円、というと、知っている限りでは、『るるぶ』あたりが地元プロダクションに丸投げして、それを孫請けしているスタッフのような、ほとんどアルバイト料の感覚である。
 おそらく、そういったコストカットは、やがて、聖域のような大新聞にも及んでいくだろう。

 コストの話はさておいて、ここしばらく、「ニュース番組」は、かなりワクが増えてきて、活況のようにみえる。
 いろいろな選挙の投票率が上がっているように、「日本国民」も、さすが脳天気に、政治経済の動きに無関心ではいられなくなってきた、という社会情勢もあるだろう。
 ついに「政権交代」したこととも、無関係ではないと思う。

 しかしながら、なにかしら、「テレビ」の人たちは、報道、ということを勘違いしているのではないだろうか、と感じることは多い。
 さっきの、フジテレビの「ニュースJAPAN」だったかは、深夜番組ふうに仕上がっていたし、たしか、この春から始まった、TBSの「THE・NEWS」では、正反対に明るい子ども向け番組ふうにできている。

 こっちのほうは、NHKニュースの定番、7時のニュースの前に始める、という戦術的な意図のもと、小林麻耶ちゃんが、たいへん可愛らしくニュースを伝えてくれるのだが、早い時間帯ということもあり、とても明るく素直に、ジャーナリスティックな感覚は皆無で、のびのびとした「報道」番組になっている。
 阪神淡路大地震で、悲惨な現場からレポートして、「○○がお伝えしました」と、ニッコリ笑顔で首を傾けた女子アナさんたちを、つい、思い出してしまうんだなあ。

 基本的に、メディアは、すべて、ジャーナリズムだと考えている。
 エンターテインメントは、本来、付録のようなものである。
 報道をエンターティナーによって、楽しくみせよう、という視聴者への心遣いはありがたいのだが、どちらかといえば、ありがた迷惑である(笑)。
 できることなら、取材の内容を、より深く、正確にするためにこそ、コストをかけてほしい、スポンサーサイドの圧力にも負けないでほしい。
 そこでこそ、個性を競ってもらえたら、と思うのだ。
   
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2009年10月01日

死刑「判決」廃止は、野蛮である。

旧暦八月十三日 己卯(つちのとう)

 先月末に、2007年4月、長崎で市長を射殺した犯人の控訴審があった。
 福岡高裁の松尾昭一という裁判長が、一審の死刑判決をくつがえして、無期懲役に減刑した。

 新聞記事によると、「金銭強奪目的などではなく、殺害者が一人で、殺人罪の前科がない被告に死刑を言い渡した一審判決は、最高裁判決が1983年に示した死刑適用基準(永山基準)やこれまでの裁判例からみて異例で、二審判決は減刑した。弁護人と被告本人が控訴していた。」とある。

 松尾裁判長は、「一審判決の事実認定に誤りはない」とした上で、「行政対象暴力としても、選挙妨害としても最悪な犯行だが、被害者が1人にとどまることを十分考慮する必要がある」として「身代金目的や強盗のような利欲的な側面はなく、主な動機は被害者への恨みだったこと」などから、「死刑判決はちゅうちょせざるを得ない」と結論づけた、そうだ。

 はるか昔の事件だったような気がしていたけれど、まだ、わずか二年半しか経っていなかったことを思い出さされた。
 市長の席が、この事件によって空席となり、たしか娘婿だったかが、弔い合戦で市長選に立候補して破れ、そのことで、娘さんが、市民に対して恨みごとめいた発言をして、いささかひんしゅくをかった。そんなこんなで、なにか、全体に後味の悪い事件となった印象が残っている。

 家族としては、殺された市長が、市民に人気があって愛されていたはずだ、という思いから、当然、弔い合戦は支持されると考えていたのはわかるし、残念だろうけれど、選挙で負けたからといって、「前市長は市民にとってその程度のものだったのか」といった意味のことを口にしたのは、いただけなかった。
 ある人物がどういう存在だったにせよ、その娘婿とは、別人格である。それぞれ一個の、まったく別の人間なのだから。
 支持していた人物が殺され、その娘婿だから無条件に支持する、というほど市民の意識も単純ではないだろう。

 一人一人の人間の価値を、他人はさまざまに評価する。
 常識的に考えるなら、人物の好き嫌いは別として、市長を務めて、多くの人と関係を持ち、それなりの業績をあげてきた一人の人間と、暴力団で幹部になり、銃を入手して、「知人の恨みの代わり」を理由に市長を射殺したような一人の人間とでは、存在価値は大きく違うだろう。
 それでも、そういう心情は百歩譲って、人の命は対等である。
 ならば、少なくとも、等価交換するべきではないのか。

 人を殺したならば、死刑である。
 子どものころから、そう教えられてきたし、そのことは道理だと思っている。
 これは、正しい、正しくない、ということではなく、ものごとの道理なのである。

 人の命を奪ったら、自らの命であがなう。
 これは、等価交換である。

 死刑を忌避した理由は、「永山基準」だとある。
 永山基準というのは、約40年前に広域殺人事件で4人を殺した、当時19歳の永山則夫による犯行をもとに、どんな理由、どんな条件で、どれだけの数の人を殺せば死刑の適用に値するか、という目安が、このときに示されたということらしい。

 経済学や哲学では、さまざまな価値が語られる。
 貨幣価値、であったり、労働価値、であったり、使用価値であったり、交換価値であったり……。
 だけど、いずれにしても、社会でのやりとりは、客観的に納得のできる、「等価」で交換されている。
 なんで、一人殺しただけでは、死刑にすべきではない、などということが言えるのか。
 まして、死刑廃止、などという「理想」を語れるのか。

 死刑が無くなる、ということは理想だけれど、死刑判決を廃止する、ということは、理想でもなんでもない。

 一人殺しただけでは死刑にならない、などとほくそ笑む殺人犯がいるのが、現実である。
 原則があるべきではないのか。
 人を殺したら、死刑である。つまり、人の命を奪ったら、自らの命で返す、という原理原則である。
 それが、はっきりと確立されていて、そこから、情状酌量があれば減刑もあり得る、というのが論理ではないのだろうか。
 最初から、一人殺しただけでは死刑にできない、などと、法曹が基準を置くようでは、社会の倫理規範はどこにあるのか。

 犯人の城尾哲弥被告は、元暴力団幹部だし、当然、不法所持である拳銃で、それも、たしか駅前という公道で、選挙戦の最中に、それまでに3回市民が選んできた前市長を、射殺した。
 「身代金目的や強盗のような利欲的な側面はなく」などというけれど、勝手な恨みで殺すほうが、よほど悪質ではないのか。金を手に入れようと強盗をするのは利欲的だけれど、勝手な思いこみで人を殺すテロのほうが、よほど悪質である。
 街なかでの無差別テロは、強盗より紳士的だ、と言っているようなものである。

 たしか、作家の丸谷才一さんではなかったか、「死刑を廃止するなら、仇討ちを認めよ」ということを言っていたと思う。
 身近な人間が、病気や事故でなくなっても、無念は、はかりしれない。
 ましてや、突然、誰かに殺された、というとき、遺族の心情、無念、を思えば、それは、ものすごく論理的である。

 長崎では、この事件の前にも、本島等市長が銃撃されている。
 伊藤一長市長の射殺は、個人的恨みとされているが、それも本当なのかどうか。
 かつて、オーム事件で、幹部の村井秀夫をマスコミの眼前で刺殺した、徐裕行という殺人犯など、おそらくもう出所しているだろうけれど、あの衝撃的な事件の背景はうやむやになったままである。
 この国の司法は、どうもよくわからない。

 死刑を廃止する、というのは、良心的人間を自認したい、欧米ヒューマニズム的な、ただのアリバイづくりである。
 仇討ちを野蛮とするか、被害者である遺族を生殺しにすることを野蛮とするか、これも、価値観の問題といえる。
 もちろん、冤罪は、野蛮極まりない。
 証拠のでっち上げのような、あきらかな冤罪で死刑にしたならば、未必の故意として、その責任者も、死刑に等しい責任を問われるべきである。

 今日、10月1日は、「法の日」なのだそうだ。
 長崎の事件は、裁判員裁判であれば、どう裁かれただろうか。
 死刑判決をくだしても、執行しなければ、実質的には死刑とならない。しかし、犯人は、その恐怖と、たたかい続けることになる。
 死刑廃止、と、死刑判決廃止、は、まったく違うのである。
   
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2009年09月26日

男が座っておしっこ!? のTOTO調査。

旧暦八月八日 甲戌(きのえいぬ)

 便器メーカーTOTOのアンケート調査によると、男性の三割が、自宅のトイレで、洋式便器に座っておしっこをする、という結果が新聞に載っていた。
 きっと、これは各紙に出ていたことでしょう。

 うーん。まあ、うんこをするときに、座ると、先におしっこから始まる、ということは、ふつう、あるけれどねえ。
 冒頭から、香り高い話ですみません。(笑)

 以前から、若いお母さんが、子どもに、おしっこが飛び散るから座ってしなさい、としつけるのだという話は聞いていて、こりゃ、これから、おかまさんが、どんどんふえていきそうだな、とつまらない心配をしてはいたけれど、どうも、そういうレベルではないらしい。
 40代、50代が四割前後と高くて、座る理由に「掃除が楽だから」とあるのは、男性が家事を分担しているあかしなのだろうけれど、男女平等、均等化が、本来、本能的な、ジェンダーの行動様式まで均一化している、というのは、興味深い。

 男らしさ、女らしさ、などというと、すぐまた物議をかもしてしまうけれど、単純に、♂的、♀的には、ワンちゃんをみていれば、♂と♀は、しっかりと、おしっこのスタイルは違いますよね。

 人類の遺伝子の構成は、男と女で違うけれど、ベースとなっているのは女性であって、その一部が変異してできたのが男性だそうだ。
 要するに、男性というのは、もともと、女性のできそこない、らしい。

 結婚してそれぞれの遺伝子を持つ卵子と精子が合体することで、両方の特徴が組み合わせられるわけだけれど、そこで親の遺伝子から、次世代の子どもの遺伝子へと複製される際に、少しずつ損傷というか、欠損が生じる。
 でもって、女性から変異した、「男性である特徴」の部分は、長い時間に、徐々に失われていって、やがて男はいなくなるかもしれないのだという。
 ちょっと、理解が中途半端なもので、誤解があったらすみません。少なくとも、「男性」という変異した因子が、女性という原型に向かって、先祖帰りの道をたどっているのは、間違いないようです。

 先のアンケートは、インターネットによる、というから、多少、ひょっとしたら、その属性で比率が高い、という可能性もあるけれど、ふだん身のまわりにいる友人たちの、三人に一人が、おウチでは座っておしっこをしている、と考えると、ちょっとしたとまどいがある。

 水洗トイレというのは、都市文明を画期的に変えたと思う。
 落下式トイレでも方法はあったかもしれないけれど、少なくとも、水洗トイレが発達したことで、超高層住宅の存在も、一気に可能になった。
 一方、そのことで、トイレの床面は、乾式、とでもいうのだろうか、水を流さなく(流せなく)なった。だから、「飛び散らか」されると、掃除が面倒だ。
 文明の劇的変化が、ジェンダーのささやかな崩壊を産んだのかもしれない。

 京都には、こんな古いことばがあるそうだ。

    京女、立って垂れるがすこしきず

 『京都故事物語』奈良本辰也編(河出書房新社)では、江戸の作家、滝沢馬琴の京都レポートを紹介している。

京の家々厠の前に小便担桶ありて、女もそれへ小便をする。故に、富家の女房も小便は悉く立て居てするなり。但良賤とも紙を用ず。妓女ばかりふところかみをもちて便所へゆくなり。月々六斎ほとづゝこの小便桶をくみに来るなり。或は供二三人つれたる女。道はたの小便たごへ立ながら尻の方をむけて小便をするに恥るいろなく笑う人なし。

 つまり、もともとが有機農法だから、京都の郊外の農家は、洛中にやってきて、肥やしにする(もちろん発酵させてから)ための糞尿を購入したり、ひきとっていた。
 供出する側も、おそらく便利なように、小便くらいは最初から桶に直接溜めて、持っていきやすいようにしていた。
 でもって、うら若き女性も、金持ちの奥方も、そこに、立ったままで、放出していたのですね。
 あ、ちょっと、想像しづらいものがありますけれど…。

 でも、かつて、オトコどもが「立ちションは男の特権や」てな馬鹿な主張をしたときに、友人の、まさに京美人が、「女も立ってできるえ」と、さらりと言ったことがありました。なので、納得だけは、納得。

 考えてみると、「ヒト」の行動様式は、環境に大きく左右される、ということかもしれない。
 男性が座っておしっこをするようになってきた、というのは、良し悪しは別として、そういう、時代の要請がある、ということはあきらかなのだろう。

 自分自身は、座っておしっこなんてしたくない、とか、種としての男性劣化への危惧、とか、いろいろあっても、世の中の大勢は、どんどん流れていく。
 そうです。冷静に、職業意識に戻らなければ(笑)。

 つまり、こういったリサーチの結果を、じゃあ、TOTOさんは、どう商品開発に活かすことができるのか。そこのところが、たいへん興味深いのだ。
 そして、これからの「ベンキ」は、あるいはトイレという空間は、オトコが、立つ方向に向かうのか、座る方向に向かうのか。
 気になるなあ。
   
  
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2009年09月17日

国立国会図書館関西館。

旧暦七月二十九日 乙丑(きのとうし)

 国立国会図書館関西館に、初めて行った。
 「データベースフォーラム」という催しがあったので、それを聴きに行った。

 じつは、もともと、このために出かけようとしたわけではない。毎月送られてくる『地方・小出版流通センター通信』に、「グーグル問題で日本ペンクラブの著者40人が異議申立てをした」というニュースに続いて、国立国会図書館が、出版関係者を対象として、「今後の蔵書のデジタル化やその対象となる候補雑誌リストに関しての報告を行なう」という予定が載っていたので、これが関西館でも開かれないのかな、と、ホームページをみてみたら、一般向けの、このフォーラムがあったのだ。

 地方小の「通信」記事には、おそらく東京の本館で行なわれる「報告会?」について、「著作権法の改正や、127億円という異例のデジタル化予算が付いたこと、日本文芸家協会と書協と共同で国会図書館の蔵書をインターネットで有料配信する? などの報道について説明されると思います。グーグルに対抗して日本版デジタル図書館を! と動いていますが、出版社や著者にとっての利害に直結しますので注視する必要があると思います。」とあった。

 フォーラムは、そういった問題提起に直接結びつくものではなく、「国立国会図書館データベースフォーラム −確かな情報へのナビゲーター−」という表題で、要は、国立国会図書館のホームページから、単なる蔵書検索だけでなく、さまざまな資料探しや閲覧ができるということを、関西館のスタッフが具体的に手引きしながら解説する、というもの。
 ある程度の利用法は知っていたが、何事によらず、入門にインストラクターは必要なもので、なるほど結構役立つ検索システムがいろいろそなわっているのだ、ということが、よくわかった。

 ちょっとした資料を調べて、まとまった原稿をつくらないといけないときなど、京都の図書館では、資料、とくに雑誌のバックナンバーとか、あるいはビジネス関連の書籍やデータなどが手薄で、大阪の中央図書館まで、一日仕事で出かけて行き、限度いっぱいの八冊の本と大量のコピーを抱えて帰ったものだけれど、そういう場合でも、これらの検索やアーカイブは、そこそこのカバーが、できそうな気がする。これは、デジタル時代の恩恵といえば、恩恵。

 関西館の館長は、中井万知子さんという女性だった。冒頭のあいさつによると、蔵書のデジタル化事業に対して、今年、これまでの十年分をはるかに超える、百億円の予算がついた。今度の選挙で民主党政権に変わったので、まだ完全に確定はしていないものの、その準備で、今、たいへん忙しいそうである。先の、地方小の通信と符合する。ちょっと少な目に言ってますね(笑)。
 おそらく、前の麻生政権で、たいして文化的意義もわからない閣僚さんたちが、デジタル化、とか、アーカイブ、といった「新しいキーワード」に、「日本の競争力の将来」でも錯覚して予算をつけたのでしょうね。でも、ここに予算をつけたことは、たいへん望ましい、結果オーライです(笑)。

 もっとも、「近代デジタルライブラリー」というデータベースの紹介の中では、来年、2010年1月1日に施行される「改正著作権法」によって、「必要と認められる限度において」国立国会図書館での電子化が、「著作権者の許諾なしに行えるように」なると強調されていた。
 ここが、先の、地方小の通信で危惧していたところだろう。書物の殿堂、国立国会図書館だから、といったイメージで、つい安心してみてしまいがちなだけに、気をつけていないといけない。
 こういうことは、ほとんど、社会一般に知られないで進んでいく。

 それにしても、学研都市の、広々とした、けいはんな丘陵に、すっきりとした建物。内も外も、壁には、ポスターやチラシのような貼り紙など、いっさいない。入り口ごとに、館としての案内パンフレット類がテーブル上に置いてあるくらいで、世俗の汚れと一線を画している(笑)。
 まさに抜群の環境なのだけれど、ここも、行ってみて、結構遠いなあ。

 「フォーラム」のあと、「館内見学ツアー」というのに参加してみたけれど、どうということはなかった(笑)。お休み状態で、電動書庫は稼働していないし、人が働いている状態はみられない。もっとも、閲覧室や書庫の広さと、天井の高さは、一般の公共図書館ではおそらく比類のないスケールで、快適そのもの。新聞や、辞典・事典類の、基礎資料の豊富さは、さすがになるほど、である。
 書庫は、常時22℃に維持されているそうだ、あの延々と書架の続く地下で、本に囲まれた世界は心地いい。お泊まりツアーにしてくれればいいのに。

 これから、あらゆるデータはデジタル化が進むだろう。書物は、まだまだ、かなりの間、無くならないとしても、過去に、木簡、竹簡から和紙に変わり、洋紙に変わり、また、書写から木版、活版、写植、と変わってきたように、確実にデジタル化は進み、いずれ、紙の本から、今よりはるかに読みやすくなったビューアが、主役を奪うだろう。
 今、それらのルールや常識が、ある程度の自然成立も含めて、確立されていくための過渡期だと思う。だからこそ、問題だらけである。

 社会の知性を充実する方向で、出版文化が活気づいていくためにも、この、歴史的な文明の転換点に、何かもっと、意表をついた斬新なアイデアが出てこないものだろうか。
   
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2009年09月10日

昨日は、重陽の節供でした。

旧暦七月二十二日 戊午(つちのえうま)
 
 遅ればせながら、昨日、九月九日は、「重陽(ちょうよう)」の節供でした。
 人日、上巳、端午、七夕、と続いてきた「五節供」の、掉尾を飾る行事。

 寄席でいえば、トリをとる真打なんだけれど(笑)、案外知られていない。
 何年か前、京都文化博物館で催された「京の五節句」という展覧会の図録では、「重陽」の解説をされている古郷彰治さんというかたが、通信販売のカタログに「五節句タペストリー」というのをみつけたら、正月、ひな祭り、端午、七夕ときて、最後は「お月見」になっていたと、ぼやいておられた。
 どうも、よくある話らしい(笑)。

 「重陽」は、陽数(奇数)が重なる日という意味。
 なので、この日を「重九(ちょうきゅう)」とも言うし、三月三日の上巳や、五月五日の端午を、重三(ちょうさん)、重五(ちょうご)とも言うらしい。
 だけど、重三も重五も、重陽とは呼ばず、重九の節供だけ重陽と呼ぶのは、これらの陽数の中でも「九」はいちばん大きい、という存在感からきているようだ。

 「重陽」の意味は、市販本などでは、ちょっと解釈にばらつきがみられる。
 そういうのって、うきうきするなあ(笑)。

 暦日について、よくお世話になる『現代こよみ読み解き事典』(柏書房)では、こんなふうにある。

 重陽は、易でいう陽数の極である九が重なることで、重九ともいう。昔、中国では奇数を陽の数としていたので、陽の極である九が二つ重なる九月九日は、大変に目出たい日とされた。

 ここでは、「陽」がおめでたいので、陽数を重ねると、よりいっそうめでたい、というふうにとれる。
 昭和天皇の侍従長だった、入江相政さんの『宮中歳時記』(小学館文庫)でも、次のようにある。

 中国では古くから九は陽数とされ、九月九日は月と日に同じ陽数が重なるから重陽と称し、佳節とされた。

 しかし、『大漢語林』(大修館書店)でみると、「陽九」の項目で、こう説明してある。

【陽九】わざわい。九は、奇数(陽)の行きづまりの数だからいう。一説に、陽の災い五と陰の災い四、合わせて九とする。(文選、陸機、呉趨行)

 先にふれた展覧会の図録『季節を祝う 京の五節句』で、古郷彰治さんの「重陽」解説には、こう述べてある。

中国では月と日に奇数が重なるときを、陽が極まって陰を生じる不吉な日として忌み嫌い、避邪の行事が行われた。

 みんな、少しずつ、陽と陰のとらえかたが違う。
 コピーライターは、孫引きに悩みますね(笑)。

 中国の歳時記『荊楚歳時記』では、重陽の節供には「四民並びに野を籍(ふ)んで飲宴す。」とある。

〈 前略 〉九月九日に宴会す。〈 中略 〉茱萸(しゅゆ)を佩び、餌(じ)を食(くら)い、菊花の酒を飲まば、人をして長寿ならしむと云う。

 「茱萸」は、「グミ」のことだとか「山茱萸(サンシュユ)」だとか、「呉茱萸(ゴシュユ)」だとか、いろいろと言われるけれど、この、東洋文庫版『荊楚歳時記』では、カワハジカミと和名のあるゴシュユのことだろうと、注釈がある。
 茱萸を、佩(お)びる(身につける)として、日本で、重陽の日に「茱萸袋」を身につけたり、飾ったりしてきたというのは、薬玉(くすだま)や訶梨勒(かりろく)といったもののように、本来、薬効と香りで邪気払いをするような意味があったのだろう。
 同様に、「餌」とは「粉餅」のことだとあるから、やはり邪気払いや縁起物としての「餅」と共通するのだろう。

 総合してみれば、こういうことのようだ。
 「重陽」出自の中国では、九という悪い数字が重なる最悪の日に、茱萸を身につけ、おそらく漢方薬として服用し、粉餅を食べて、菊の花を浮かべた菊酒を飲んだ。それも、山の上など高いところに登って飲むのがよいらしい。そうして邪気払いをして、無病息災と長命を願った。

 これが日本に伝わり、のちに「重九」が「長久」に通じるとされた、というのは、どうも、武家社会になってからのように思える。
 ただし、「菊の被綿(着綿、衣綿 きせわた)」の風習は、すでに平安時代からあったらしい。前夜から、菊の花に綿をかぶせておき、菊花の露を含んだ綿で、顔や身をぬぐった。これも、中国の「菊慈童」不老不死伝説にちなむようで、菊はもともと、長寿の象徴である。

 いつも、菊酒のまねごとくらいやってみようと思いながら、また、忘れていた。
 東北の「もってのほか」じゃないけれど、このごろ、京都でも、ときどきスーパーあたりで、食用菊をみかけるから、あれでやってみればよさそうだ。
 ただし、残りをどうやって食べるか(笑)。「もってのほか」は、動脈硬化やガンの予防にいいと宣伝していたけれど、酢の物や天ぷらといわれても、慣れていないしなあ…。

 節供は、多く新暦での表示になり、重陽の節供にちなむ祭礼も新暦に移されたところが多いけれど、古来変わらず、旧暦で行なわれているところも、かなりある。
 ちなみに、今年の旧暦九月九日は、新暦の十月二十六日。
 やっぱり、菊の節供、や、菊花節、なんて呼ぶなら、その頃でしょうね。


(過去の五節供記事から ↓)
人日 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090107-1.html
上巳 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090303-1.html
端午 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090505-1.html
七夕 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090707-1.html
   
タグ:節供 重陽
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2009年08月31日

「ネガティブキャンペーン」で、穴を深くした自民党。

旧暦七月十二日 戊申(つちのえさる)

 ようやく、「日本国民のガス抜き」が終わりましたね。
 前回衆院選の、小泉自民党大勝は、熱に浮かされて、踊り念仏のように法悦の世界で陶酔した人たちが「じゅんちゃん」に票を投じたが、その結果、おそらく、そうした自分に対するやり場のない後悔も含めて、怒りは倍増した。

 年金問題なんか、発展途上国だったら、社会保険庁が焼き討ちにあっていてもおかしくないような話だし、バブル崩壊以来、明るみに出てきた政官の利権に対する怒りのマグマが、たまりにたまっていたのは間違いないでしょう。
 民主党ひとり勝ちが、よかったかどうかは別として、厚生省を爆破せずに(笑)、選挙で明確な鉄槌をくだしたというのは、日本人も大人です(笑)。

 さすがに、自民党さんも、100議席は切らなかった。
 自民党では、たくさんの現職議員が落選して涙を呑んだけれど、敗戦に拍車をかけたA級戦犯、といえる人たちは当選している。
 政権を投げ出した安倍さん、そして同じく福田さん。そして、最大の戦犯である小泉さんのジュニアも。
 落選した人たちはくやしいでしょう。
 さすがに中川昭一さん、赤城さん、久間さんあたりは、比例でも復活しなかった。

 とりあえず、ようやく選挙戦が終わって、ほっ、とやすらぎますね。
 選挙期間中は、テレビをみていると、突如、政党CMで、あの、がらの悪いひょっとこおじさんが出てきて、えらそうな態度で一席ぶつもので、気分が悪くてまいった。

 自民党の敗因のひとつというか、大敗に輪をかけた理由のひとつに、「ネガティブキャンペーン」がある。
 ひょっとこおじさんも、総裁だから、この人を出さざるを得なかったのかもしれないけれど、あのイメージで敵を非難しても、逆にマイナスにしかならなかっただろう。
 おまけに、党のホームページとユーチューブで、いやみたっぷりの、民主党攻撃ビデオを流していた。
http://www.youtube.com/watch?v=rAjj1CGxhY8&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ejimin%2Ejp%2Findex%2Ehtml&feature=player_embedded

 これは、ことに、今回のような情勢の中で、ウケるわけないでしょう。
 小泉自民党のゲッベルスだった、世耕さんのマーケティングセンスは、どうしたのでしょう。

 選挙期間中の、ウェブ上での、こういった情報提供が選挙違反にならないかどうかは、日本ではあいまいで、たいていの政党では、情報更新だけでも慎重なのだけれど、自民党さんは政権与党だったから、ウラで、これはOKという、警察庁あたりの了解をとっていたのかもしれない。

 みずからが政策崩壊しているから、政策論争に持ち込みようもないので、逆に、相手には政策がない、と、ネガティブキャンペーンをするしかなかったのだろうけれど、露骨すぎるネガティブキャンペーンは、日本人の感覚には合わない。

 選挙期間中の、各党の広告で、ひとつだけ目についたのは、「日経産業新聞」に、唯一掲載された政党の広告が、民主党だったこと。
 8月19日という、公示から比較的早い時期の設定に、どういう戦略があったかわからないが、読者プロフィールでみると1000人未満の企業の管理職以上が読者に多いという、いわば業界紙に、全面広告で掲載した政党公約をみるのは、これまで購読してきて、たしか初めてだったのではないか。
 8月の日経産業新聞は、とくに、紙面が少なく、ふだん、32ページくらいのところを、12ページなんていう日もあるくらいで、夏場の新聞代は半額にするべきだろう! と思ってしまうけれど、その、情報量の特に少ない時期に、目につきやすいとねらったのだろうか(笑)。

 さて、いずれにしても、結果が出ました。
 どこかが、圧倒的ひとり勝ち、なんて、本来、いいわけがない。
 郵政選挙の歴史から、多少は学習しているでしょうから、さすがに、小泉内閣のような傲慢な態度はとらないだろうと思いたいし、小沢チルドレンは、みたところ、小泉チルドレンほどひどくはなさそうだけれど、ここからは、いよいよ、国民の側にとっても、うっぷんばらしだけでは終わらない現実に突入する。
 ろくでもない政策も多いとわかっていながら、有権者がなんのために政権をとらせたのか、そこのところが本当に理解できるかどうかである。

 利権官僚との本格的対決で、さて、どれだけ、チカラを発揮できるか。
 年金問題は、みものである。桝添さんは、最初にあれだけぶち上げながら、誰も罰することができなかった。
 国民は、あそこまで厚顔無恥な社会保険庁の職員に、退職金なんか払う必要はないと、本気で思っている。中には良心的な人たちも、もちろん、いるにしても、かわいそうだが、連帯責任である。それだけの緊張感を現実に持たせないと、ゆるみきった公僕意識は立て直せない。

 政権が替わって、霞ヶ関は、すでに臨戦態勢でしょうね(笑)。

 そして、じつは注目したいのは、このあと、地方選挙での相乗りが、無くなっていくのかどうか。こっちのほうが、興味深い。地方での政策論争が、「政権与党」という利権をこえて、きちんとなされるようになるのか、である。

※ 【補遺】

「日経産業新聞」への民主党の全面広告は、8月28日にも掲載されていました。三日遅れでスクラップしていたら、載っていました。うかつでした、すみません。
 日経産業は、土日は休刊ですから、金曜日のこの掲載は、投票日の直前、直近ということになります。公示の二日後と、投票日直前で、ちゃんと二回セットで組んでいたのですね。
 ちなみに、19日付のキャッチは「あなたの手で、政権交代。」として、マニフェスト工程表を、まさに「表」でみせている。28日付は、呼びかけのボディコピーが、左肩から、大きな文字で紙面の三分の一くらいのスペースを占め、キャッチは下部に持ってきて、「いよいよ、政権交代。」政党のアピールとしては、なかなか、よくできていました。
   

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