旧暦九月二十七日 壬戌(みずのえいぬ)
本日、今年三度目、最後の「13日の金曜日」。でもって、大安吉日です(笑)。
すっかり、あいだが空いてすみません。
ご心配いただいたかた、ありがとうございます。いたって元気なのですが(笑)、いつまでたっても、時間の使い方が、上手になりません(嘆)。
どうも、しまりのない時間に追われている中、もうずいぶん前ですが、先月の末には、まるまる半日、何の役にも立たないことばかり(笑)愉しんできて、いい週末がありました。
その日はまず、午後、京都大学であった「 宇宙と物質の謎に迫る 」という市民講座を聴きました。「 マクロな量子現象 」「 ブラックホールと宇宙の進化 」「 宇宙暗黒物質の謎と未知の素粒子 」と盛りだくさんな三講義。
いやあ、半分も理解できなかったけれど、面白かった。
宇宙論は、子どものときから興味がある。
ろくに数学も化学も勉強してこなかった浅学の徒には、話がこみ入って数式や化学式が出てきたりすると、もう、お手上げだけれども、ミクロとマクロの世界をつないで、論理的に体系付けながら、自分自身の存在の不思議を探るという、物理学の世界は、魅力的だ。
高校時代からの友人と一緒に行ったもので、休憩時間に与太話を交わしているだけでも、くつろいだ時間が過ごせた。
あ、念のために、京大は母校ではありません(笑)。
そのあと、夜には、お月見の会があった。
西賀茂に正伝寺という臨済宗のお寺があり、この本堂の広縁から見る、小堀遠州作といわれる「 獅子の子渡し 」の庭の向こうには、借景とする比叡山から月が昇る。
たどり着いた時間が少し遅かったので、この日「 十四夜 」の月は、もうかなり高みに上がっていたが、なんとも、絶景だった。
用意された松花堂弁当も、本堂から漏れる灯りだけの暗がりで食べるには惜しい美味。お酒は、シャンパン、日本酒、ワイン、焼酎……、こういう集まりでのお決まりとなる、持ち寄り銘酒の華やかなチャンポン(笑)。西条柿のデザートあり、薄茶のお手前ありで、贅沢な時間を過ごさせていただいた。
いや、この準備の労をとって、お誘いいただいた、二人のYさんに感謝。
この夜、愉しんだのは、「 のちの月 」の宴。
年中行事本来の「 のちの月 」は、前夜の「 十三夜 」にあたる。
いわゆる「 中秋の名月 」は、旧暦の八月十五日で「 芋名月 」と呼ばれ、「 十五夜 」の満月で、まんまるお月さま。同じく旧暦の、翌、九月十三日は「 栗名月 」「 豆名月 」と呼んで、「 十三夜 」の、まんまるになる少し手前、のお月さまである。
中秋の名月に月を眺めて酒宴をもよおす、という風習は、中国から伝わったという。
『 大漢語林 』には、中国の年中行事として紹介されている。
八月十五日〈 中秋節 〉
中秋の明月( 「端正の月」 という)を賞しながら( 翫月 ガンゲツ・賞月 )、一家の団円、みなが欠けることなく集まることができるのを願った。この日に食べる月餅 ゲッペイ にも、この願いが込められている。
ただし、その翌月に「 のちの月 」を愛でる、という風流は、どうやら日本独特のものらしい。中国にはなかったそうだ。
でもって、日本的風流では、「 中秋の月 」と「 のちの月 」は、必ず両方見なさい、ということになった。どちらかだけしか見ないと「 片見月 」といってきらわれた。
そこまでうるさく言わなくてもいいのに、とも思うけれど、このあたりが、日本の美学。花鳥風月、なのですね。
その、のちの月、も、満月の十五夜ではなくて、十三夜。
先に、完璧な真円の月を見ているから、翌月もまた、まんまる、では、何か芸がない。かといって、欠け始めでは、いまひとつ縁起もよくないし、あと少しで満ちる、といった十三夜の月を愛でるのが、情感もあってよいのではないか、と、考えたのでしょう。
日本庭園でも、西洋庭園と違って、完全な対称配置って、まずあり得ないもんね。
のちの月が十三夜に落ち着くまでにも、ひょっとしたら、あれこれ紆余曲折があったかもしれない。十四夜くらいがいい、とか、いや、十二夜くらいでないと違いが出ない、なんて。
ちょっと飛躍しすぎるかもしれないけれど、そんなことを、おそらく最初に始めた王朝人たちの、「 くだらないこだわり 」を歴史背景に持つ京都だったからこそ、京都大学で物理学が進展して、湯川秀樹さん以来の伝統が根付いたのではないか、と、思ったりする。
宇宙論も、月見も、日々の暮らしやビジネスに、何の役にも立たないからこそ、面白い。
で、きっと、「 クリエイター 」には、それが大切なのです(笑)。
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