2010年09月25日

中秋節も過ぎて。

旧暦八月十八日 戊寅(つちのえとら) 社日(しゃにち)

 おとといが彼岸の中日、秋分で、十六夜で、月齢では14.7の満月だった。
 その前日、さきおとといが、暦の上では十五夜。中秋の名月だったけれど、なんだか、あまり盛り上がらなかった。残念ながら京都では雨模様、どこも、お天気の悪いところが多かったようです。
 あしたは彼岸の明けですね。

 きょうは「社日(しゃにち)」。
 なにげなく、こういう日があるな、と思っていたけれど、あまり目立たない「雑節」である。
 節分、彼岸、社日、ときて、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日と並ぶ九つの節目が、基本的な「雑節」らしい。彼岸と社日だけは、春と秋に二回やってくる。
 おそらく、いちばん知名度の低い(笑)のが、社日。

 年に二回の社日は、春分と秋分に最も近い戊(つちのえ)の日にあてるそうだ。(『現代こよみ読み解き事典』柏書房)
 『大漢語林』(大修館書店)では、「立春または立秋後の五番目の戊の日」とあった。微妙な定義。おそらく、結果は同じということになるのかもしれないけれど、前書には、「(春分、秋分に)前後同日数の場合には、前の方の戊の日を社日とする」とあるので、やっぱり微妙、ですね。
 時間のあるかたは、一度ゆっくりチェックしてみてください。(笑)

 「この日、産土神に参拝し、春には五穀の種を供えて豊作を祈り、秋は収穫のお礼参りをする」と『〜事典』にあり、「この日、土地の神を祭り豊作を祈る。春を春社、秋を秋社という」と『大漢語林』にある。国語辞典でも、だいたい似たような説明がされている。

 「社」は、同じく漢和辞典でみると「土地の神」また、それをまつる「やしろ」「ほこら」とある。お宮さん、神社ですね。
 あらためて漢和辞典をみていると、面白い。解字では、「社」の字のつくりにあたる「土」に、もともと「農民が共同で祭る農耕地の神の意味」があったと説明されている。
 さらに、「社会(會)」という言葉をみると、第一義に「昔、社日に催した同集落の住民の会合」とあり、次に「同集落の住民が生活向上のために作った組合。昔は、二十五家で一つの社を作った」とある。
 で、そこから、明治八年に東京日日新聞で福地源一郎という人が、societyの訳語としての「社会」という言葉を初めて使ったらしい。
 ふむふむ、漢和辞典も、結構、楽しめる読み物です。

 「社日」は、神さん由来、だけれど、「彼岸」のほうは、仏さん由来、である。
 仏教では「彼岸会」として法会が行なわれる。これは、日本仏教に独特のものだそうだ。
 日本の仏教に独特の行事や風習は多いけれど、最たるものは妻帯でしょう。僧侶の息子が寺を継ぐ、というのは、世界の仏教徒にとっては、たいへんな違和感があるはずで、もともと僧侶に妻帯を認めていないから、当然、子どもはいない。世襲は不可能なのだ。

 どの世界でも、戒律をちゃんと守る、といった奇特な人はまれなもので、もともと仏教の教えでは、肉食も飲酒も認めていないはずだけれど、お酒を「般若湯」などと、みごとなネーミングで読み替えて、日々、智恵と悟りを得ている坊さんは多い(笑)。
 もっとも、そのおかげで、社用族 (おっと、死語になりかけていそうですね) 激減の中でも、祇園や花見小路の夜の灯りは、かろうじて保たれてきた。

 ま、ま、それはともかく、社日も彼岸会も、漢字の母国、中国にはない行事とは、言われてみれば、という感じだけれど、「中秋の名月」は、日中ともにある。
 もともと、唐様の文化が日本の王朝に伝わり、風雅な月見の宴を楽しむようになったけれど、今では、下々の間では、家に縁側もなく、ススキも見かけず、都会では高層マンションで月も見えず、で、せいぜい月見団子を買ってくるのが関の山となった。
 それも、ちかごろでは、スーパーのチラシにも、中秋や月見の文字はなく、饅頭屋さん、餅屋さんが、共同でこの日にチラシを入れるくらいである。節分の巻き寿司は派手になってきたが、中秋の名月は気にもしていないのだろうか。うまく販促すれば、いろんなものを売れるのにね。

 「中秋の名月」は、中国では「中秋節」。かなり重要な節日らしい。
 この夜のまるく満ちた月を「端正月」と呼び、一家が団円、全員が欠けることなく集まることを願って月餅を食べるのだそうだ。

 なので、このあいだの尖閣諸島の事件で逮捕された中国漁船の船長を、どうせ釈放するなら、中秋節の前に帰してあげればよかったのだと、誰かがテレビで言っていた。
 一方、逮捕直後に亡くなった、彼の祖母だかの葬儀だか法要だかが一両日中にあるので、それに間に合うようにした、との説も流れていた。
 いずれにしても、そういうタイミングと符合するのなら、日本政府がそこをみはからって釈放したのでなくても、それを、人道上の理由として前面に出せばよかっただろう。それがプロパガンダというものだ。

 沖縄地検の独自判断なんて、誰も信じないし、だから地検がたたかれていないのであって、ほんとうに地検が「日中関係を考慮して」釈放したのなら、違った意味で大問題になる。国際関係は地検ごときが関与できる案件でもなんでもない。

 それにしても、幼稚きわまりない対応の続く民主党内閣。
 海上で追跡して逮捕する、という時点で、政府の誰と連絡をとりながら、「逮捕、連行」を決めたのか。
 その時点で、のちのちの対応は決まっていなければならない。逮捕して、中国共産党政府が黙っているわけはないし、逮捕する際に、ひょっとしたらけが人や、死者まで出る可能性だってあったはずである。海上保安庁の映像は、ときどきテレビで流されることがあるが、船から船へ跳び移る、あの行為は命がけである。おそらく、逮捕決行を命じた政府閣僚は、東京にいて、案外、軽い気持でゴーサインを出したのだろう。

 普天間、消費税、そして尖閣、課題が明確になることは悪くないのだが、次々と寝た子を起こしては後始末のできない民主党内閣は、またまた無能よばわりされるだろう。そのことより、むしろ、そういった失点を取り戻そうとする焦りのほうが危険だ。

 領土問題というのは、国民同士、もっとも論理性を欠いて感情的になりやすい問題である。だから、国民に不満がある政府ほど、求心力として利用しやすい。
 ナショナリズムをあおりたがる連中は、いつの時代でもいる。ボスニア・ヘルツェゴビナの悲劇は記憶に新しい。
 中国でも、日本でも、マスコミが騒いで(実質的にはあおって)いるほど、感情が悪化しているわけではなさそうだ。街の声には、意外なほど冷静なものもある。反日感情が高まっている、と盛り上げたがる日本のマスコミ、ことにテレビ、そして、統制された中国のマスコミは、戦前の日本の新聞と似たようなものなのかもしれない。

 両方の国民は、ビジネスや留学で行ったり来たりしている人ほど、お互いがうまくいけばいいと思っているだろう。
 中国共産党の中では、今も権力争いが熾烈なようだ。向こうでいう「保守派」の攻撃で温家宝さんも日本には強気に出るしかない。領土問題は、権力者にとって最大の踏み絵だ。しかも、一党独裁政権。最も譲れない一線なのである。
 読み誤って、逮捕! を指示した政治家は、戦争も辞さないつもりでいたのかどうか。レアアースで日本の息の根をとめる、なんて、太平洋戦争前の石油と同じでしょう。前哨戦としての経済戦争である。相手政府の行動予測もできないで、何をかいわんや、である。

 いずれにしても、あんなに大きな国で、共産党独裁があと百年も続くわけはないし、領土問題なんて十年二十年で解決するものでもない。やがて民主化されれば、交渉もまっとうなものになる。理想をいえば、いつか国境など取り沙汰しなくてもいいような、世界の一体感が形成されれば、紛争は消える。
 満月は、どこの国も同じように照らすのだ。
   
ラベル:社日 中秋節 尖閣
posted by Office KONDO at 04:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

ナースウォッチと医療ツーリズム

旧暦八月六日 丙寅(ひのえとら)

 看護婦さんが腕時計をしている病院は気をつけたほうがいい。

 そんな話を、かつて聞いたことがある。

 なぜかというと、腕時計をはめていると、手首までちゃんと洗えないからだそうだ。
 医師や看護師は、数多くの患者と接触する。それぞれ違う疾病を持ち、違う病原菌を持っている。それを別の患者に感染させてはいけないから、手の消毒はこまめにする。そのとき、指の間や爪の隙間とともに、手首までちゃんと洗わなければいけない。インフルエンザのときにも言われていましたね。病院でも、家庭でも、手洗いの基本。
 腕時計をはめたままだと、当然、そちらの手首は洗えない。
 いちいちはずして洗うのは面倒だから、つい、おろそかになる。
 つまり、基本的なことができていない可能性が高い。

 と、いうわけである。
 だから、ナースウォッチと呼ばれる時計は、ベルトなんかに下げるようにつくられていて、文字盤が上下逆さに向き、ぱっ、と見やすいようになっている。
 とはいえ、気をつけて見ていないせいもあるのか、病院に行ってナース・ウオッチを見た記憶、って、まったくないけれど。(笑)
 腕時計を白衣のポケットに入れていて、脈を読むときなんかに、取り出して見ている看護婦さんは、時折、見かけますね。

 帝京大学付属病院のみなさんは、どうだったのだろう。

 「多剤耐性アシネトバクター菌」などという、舌をかみそうな名前の悪性の細菌が院内に広がりながら、気にしていなかったのか、隠していたのか。1年前から菌を検出し、去年の11月に1人亡くなっているというのに、年を越したこの9月になっての発表だから、おそらく内部告発があって、調査が入ったか、その情報がもれたか、そのあたりで、急遽、記者会見をひらいたのでしょうね。
 3日に最初の発表をしたあと、患者数も、死者も、なしくずしに増えていって、9月11日には、ついに感染者58人、因果関係が未確定ながら、死者がなんと33人。記者会見の時点で、ちゃんとした内部での事実確認も、対外的な体制もできていなかったこと、そのあわてぶりがわかる。
 感染対策をになう感染制御部という部門の名前が出ていたので、ちゃんと組織はつくられていたのにどうして、と思っていたら、感染がどんどん広がってしまった今年の5月になって、はじめて専属の担当者をおいたのだそうだ。まさに付け焼き刃。

 帝京大といえば、どうしても、あの薬害エイズ事件で逮捕された、安部英副学長の名前を思い出す。ウィキペディアでたどると、あの安部センセイは、その後一審で無罪、検察控訴ののち認知症を発症して公判停止となり、2005年に亡くなっている。

 今回の耐性菌では、帝京大も、わかっていて転院させるなど、じつに大雑把だったけれど、その後、東京都の健康長寿医療センターというところでも、感染患者を大部屋? に入れておいたのか、接触者がなんと60人近い数にのぼっていたり、別の緑膿菌という多剤耐性菌で10人が亡くなっていることなどが報じられた。
 集中治療室(CPU)で相部屋だった、なんて、そりゃ、確実に感染して死ぬでしょう。もし、わかっていてそうしたのなら、未必の故意による殺人ともいえるのではないか。

 企業に較べるとずっと少ないけれど、病院についても、これまでに、仕事で案内冊子を何度かつくってきたことがある。幸い、ちゃんとした病院だった。今までのところ(笑)。
 時代によって、少しずつ表現の方法は変わってきたが、おそらく、今であれば、

 「わたしたちの病棟に、腕時計をはめた看護師は一人もいません」

という見出しで、病院のCSRが語れるでしょうね。

 それをあたりまえに実行している病院では、おそらく、それがアピールできるひとつのポイントだとは思わないだろう。
 だけど、ほんとうのCSRとは、そういったところにあると思う。
 ごくあたりまえのセオリーが、ちゃんと染みついて百パーセント実行され、ルールがきちんと守られていたら、本来、問題は起きない。
 ふつうのモラルを維持できない人が多い、というより、そういう環境だから、わざわざ、CSRだの、ガバナンスだのといって、意識させなければならないのである。

 忙しい、とか、採算が合わない、などといって、さまざまなことが雑になる。そして、一人一人の患者の自己治癒能力を高める、なんて悠長なことを言っていられないから、抗生物質をどんどん使って手っ取り早く治そうとする。ベッド数は一定だから、売上げや利益率を上げようとすれば、回転率を上げるしかない。
 ビジネスとなった医療現場のかかえる根本的な問題といえるだろう。

 こうしてあらわれた多剤耐性菌は、ひょっとしたら、この先の新型インフルエンザより怖いかもしれない。
 そして、この、なんとかバスターみたいな名前の菌より、さらに強烈な耐性菌が、続いて登場した。こちらは、NDM1という「遺伝子」だそうで、さまざまな病原菌にも広がって、それらを「スーパー耐性菌」にする可能性がある、という。
 そんなところで、スーパー、っていわれてもねえ。
 いやはや、まさに、バイオハザードのような世界。

 なんていうことを言っていたら、今度は、キリン協和発酵さんの研究所から、遺伝子の組み替えマウスが二匹、行方不明になった。
 まあ、どこでも、危機管理や、企業の社会的責任(CSR)は、こんなものである。

 ところで、今、おそらく、心ある医療関係者が、この耐性菌の蔓延に心痛めるのと正反対の方角で、心痛めている人たちがいるはずである。

 「医療ツーリズム」という言葉を耳にすることが、最近多くなってきた。
 医療水準が日本より遅れていて、自分の国では持病をちゃんと治すことができない外国のお金持ちを、日本の医療機関で治してあげよう、というものだ。
 たとえば、大阪大学では、サウジアラビアの人たちに最先端の心臓病治療を提供しようと、向こうの病院との「連携」を始めた。今年中には患者が来日するというから、おそらく、またニュースになるだろう。

 この医療ツーリズムでの治療費をどうするかについて、「医療が金儲けの手段になってはいけないから、費用を差別するのはよくない」という意見があるそうだ。
 医は仁術、ですからね。
 でも、この場合、その考え方は間違っている。
 はっきり言って、もともとが、金儲けのためのアイデア、そのものでしょ?(笑)

 だいたい、砂漠の国々でカネが余っているなら、金持ちの先端治療に優遇をはかるより、若い医学生をその技術や知識の修得のために留学させるほうが、本来だろう。だけど、そっちの話は聞かない。
 そういう身勝手な、たまたま足もとからアブラが噴き出しただけで、我が世の春を謳歌している砂漠の成金さんたちには、可能な限りの高額料金で「医療サービス」を提供してあげればいいのです。

 医療の大切さを理解するがゆえに、千数百年かけて、先達が苦労を重ね、育ててきた文化と技術を、別に相手が外国人だからだめなどということではない、札束で優先的にいのちを買おうとする連中に、気軽に与える必要なんか、どこにもない。医療には、インフラに膨大な費用が積み重ねられてきている。少なくとも百倍くらいの医療費をとって、それを、日本だけでなく、世界の人々のいのちを救うために使えばいいのだ。生きられるはずなのに死んでいく子どもたちが、世界にどれだけいることか。

 だけど、その「医療ツーリズム」の最大の敵となりそうなのが、この、耐性菌ですね。
 金の卵、の「患者様」を、万が一にでも感染させて死なせたりしたら、これはたいへんな痛手となる。最先端医療のブランドに傷がつく。
 なにせ、治療できるクスリがない。
 関係者は戦々兢々。心痛んでいることでしょう。

 だから、そのための必死の努力をしてくれると、逆に、新たな対策が生み出され、希望がみえる、ということも考えられる。
 欲得は、世界を救う。
 医療ツーリズムで提供されるのは、ほとんどが最先端の治療技術になるだろうから、かなりリスクの高い患者ばかりだ。そのため、院内感染のようなリスクにたいするマネジメントも、相当にレベルが高くなければならない。国内の貧乏人を患者として診るより、外国からのVIPのような金持ちを相手にしているほうが、はるかに緊張感はあるだろう。そうすると、そのあたりで、感染対策が進むきっかけになるかもしれない。
 皮肉なパラドックスではあるけれど、そうなれば一石二鳥で、医療ツーリズムの利点は、むしろ、そのあたりにあるかもしれない。
   
posted by Office KONDO at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

白露に、八朔の苦餅。

旧暦八月朔日 辛酉(かのととり) 白露

 今日は旧暦八月一日。八月のお朔日(ついたち)なので、八朔(はっさく)。朔日だから、新月です。
 祇園花街では新暦8月1日に「八朔」行事があるけれど、八朔、と呼ぶには、本来なら旧暦なのかな、と、つい思う。

 八月一日。八朔やいうて、ご機嫌伺いに、お茶屋さんを廻る。「お変りおへんか」「おおきに、ご丁寧に」と挨拶をかわすのやけど、ゆうべ、そこのお座敷へ呼んでもろといて、お変わりおへんかもないもんである。いったい、なんのために廻るのか、大方は知らへん。しかし、わたしは、これは知っている。四国の里でもするからである。ただし、九月に入ってから、つまり、これは、陰暦の八月の朔日のことで、うちらの田舎では二百十日、二百二十日とならんでの厄日としている。風や出水のある頃なので、変りないかと見舞うのである。都会の、しかも祇園町で、おまけにまだ暑い盛りの八月一日に、なんで風や雨のお見舞いせんならんのかといわずにいられへん。ただのしきたりをやるだけやろか。ねえさんにきいたら、まえは、町方の旦那方が帷子の着物に着かえて、お礼に廻る。お武家やお公家さんで、昔やってはったように、主家への忠義を誓うて、日頃の御恩義を感謝しやはるのやと教えてもろうたが、さあ、この頃、そんな忠義な心になるひとあらへんのとちがうか。(略)お茶屋さんでも、おかみさんや仲居さんが、おなじみの芸妓、舞妓の名入りの団扇を持って、町のごひいき筋へ、日頃の感謝の心持を申し上げにゆき、あわせて暑中のお見舞いに行かはったもんやそうである。それに、もうすぐ、お盆でもあるし、そうした、御挨拶もそうして兼ねておくということでもあるのやろうか。

 思いきり引用が長くなったけれど、もう、ずっと前に倒産して無くなった駸々堂さんの、ユニコンカラー双書という、結構面白かった新書シリーズの007、おっ、ダブルオーセブン、『舞妓の四季』の一節。絶版書なので、ちょっとひっぱってしまいました。
 著者は、依田義賢さんという、すでに亡くなった脚本家で、溝口健二監督の映画シナリオを多く手がけたかた。
 舞妓はんが語る、という体裁をとりつつ、どうしても男言葉の作家の口調になっているけれど、かつて京都での映画製作全盛期を支えたシナリオライターさんが、時代考証はもとより、どんな事象にもきちんとウラをとり、知識を深めて、すみずみまで気配りと想像力をはたらかせていたことが、よくわかる。
 新暦での8月1日の行事となっているものの、新年・春・夏・秋・冬、と分けられている目次では、ちゃんと、「秋」の項目の冒頭にある。

 きちんとした、おそらく厳しい仕事をしてきた人の書物には、近頃よくみる、まだ若い舞妓さんや芸妓さん(をちょっとだけ経験したかたがた)がひけらかすように書く(ライターさんが入っているのも多いだろうけれど)、軽々しくてえらそうな本や、あふれかえるネット上の「京都情報」とちがって、基本的に間違いはそんなにないだろうという、少しばかりの安心感がある。
  http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/123441473.html

 引用した一文にもあるように、もともと旧暦でいう八朔は、厄日だったらしい。
 今年、9月1日が二百十日だった。
 11日は二百二十日となる。
 で、八朔とあわせて、三大厄日! なのだそうだ。
 うーん、今年も実際に台風がやってきましたね。

 古く農家では、その年に取り入れた新しい稲などを、主家や知人などに贈って祝い、同時に豊作祈願・予祝などの行事を行った。のち、この風習が町家でも流行し、この日に上下貴賤それぞれ贈り物をする習慣を生み、祝賀と親和を表すようになった。また、この日の行事をいう。田実(たのむ)の祝い(節供)のこと。田の実・たのも節句ともいう。「たのみ」とは田の実、すなわち稲の実りのことを意味し、これを祝うことから起こったといわれる。転じて、君臣相頼む(たのむ)の意にかけて、主従の間の贈答を意味するようになった。

 こちらは『現代こよみ読み解き事典』(柏書房)から。
 「たのみ」というのが、いささか唐突でわかりにくいが、ここでは、さらに、徳川家康の江戸入城が八月朔日だったので、以後、重要な式日となったことや、農家では「八朔の苦餅(八朔の泣きまんじゅう)」といって、ぼたもちを食べて祝った、といったことも紹介されている。
 泣きまんじゅう、というのは、下男下女たちが、この日を境に忙しくなり、つらい夜なべの日々が始まるから、と説明されている。
 うーむ。
 なんとなくわかったような気にさせるのだけれど、稲刈りの時期に入るということなのだろうか。

 ま、なんにしても、和菓子屋さん、餅屋さんは、「八朔の苦餅(にがもち)」を売り出せば、今どき、いい季節ネタになるのじゃないのかなあ。

 こういった由来がどこまで正確なのかはわからないけれど、武家らしい語呂あわせ的こじつけの式日や、農村の厄日だったものが、なんで祇園でも行事の日となったのか、それに、いつ旧暦から新暦に移し替えられたのか、ひょっとしたら、新暦採用以降に生まれた行事なのか。
 考えてみると、つい百年、二百年前のことが、結構不確かで、ちゃんとした記録の大切さが、あらためて思いやられる。

 旧暦八朔の今日は、二十四節気では「白露(はくろ)」。
 「せきれいが鳴き始め、つばめが去っていく」(前出事典)頃だそうだ。
そういえば、鴨川のハクセキレイは、夏の間は見なかったかな。
 ツバメはといえば、めっきり来なくなった。
 去年も、今年も、何羽見たか、数えられるくらいだ。

 ツバメ同様に見なくなったのがゴイサギ(五位鷺)。
 まるまると太った鯖に足とくちばしをつけたみたいな鳥ゴイサギは、見る限り漁がとても上手とはいえず、鴨川のあちこちの落ち込み、流れ込みの上で、延々と下流を眺め続けているのを、こちらもつき合って(笑)見ていたことがよくあるけれど、魚を捕るのを見たのは、何年もの間に、せいぜい二、三度しかなかった。
 コサギやチュウサギといった白いサギたちは、じつに素早く小魚を捕るのに、正五位という殿上人の位を持つゴイサギの君は、慌てず騒がず、日がな一日ずっと水面を見ているようだった。彼らはもう、戻ってこないのだろうか。

 生物学に疎い者には、身近な環境変化の背景が論理的に解明できないが、なんとなく、まわりの生き物が減っていっている、という気はする。
 夏のはじめ、五月雨の時期には、松原橋あたりの水辺を歩いていて、鯉かと思ったらヌートリアが泳いでいた。人をまったく警戒せずに土手の斜面に上がり、すぐ二、三歩の距離で、こちらにお尻を向けておしっこをした。
 友人のブログをみていたら、彼も見つけたようで、だけど、その後、死骸を見たと報告していた。いろいろな意味で、身勝手な人間による犠牲である。

 いるべきものがいなくなり、いないはずのものがいたりして、やがて、ある日、気づいたら、人間だけしかいなくなる日がやってくるのだろうか。
 八朔に、雨風を見舞い、苦餅を食べながら「田の実」に感謝する、それは自然の摂理に対する畏敬の、ささやかなひとつのあらわれだったのかもしれない。
   
ラベル:八朔 白露 苦餅
posted by Office KONDO at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。