2010年11月22日

変わる京都の商業集積/弐  ラクエ四条烏丸(下)

旧暦十月十七日 丙子(ひのえね) 小雪

 前回の続きです。長々とすみません(笑)。

 ラクエ四条烏丸オープン、に期待したのは、河原町から撤退した「丸善」がここに復活、とニュースになったからだった。
 文具のみ、とあった。
 それで充分!

 だけど、行ってみてがっくり。
 とても文具専門店、ではなかった。
 ファンシー文具、というところかな。考えてみたら、ここは「女性向け」なのです。
 それに、いかんせん、狭すぎる。かつての河原町丸善の文具フロアの奥にあった、お便りグッズと民芸文具のコーナーくらいのスペースしかない。

 ありし日の河原町丸善の文具フロアには、ほかの文具店ではなかなかみられない、機能やデザインにすぐれた文具類、はてはアウトドアグッズに近いようなものまで置いてあって、見ているだけでも面白かった。どちらかといえば、男性向けだったでしょうね。
 ラクエに開店した数坪の小規模なコーナー店舗では、品揃えに苦心するのも無理はないだろう。女性向けのレターグッズが中心、という感じだろうか。感覚的には、ひいき目に見て、ロフトや東急ハンズの文具売場のほんの一画だけ切り取った、という印象。
 これでは、わざわざ、ここに来ることはない。

 で、せめてものご祝儀に、こじゃれたマーキングクリップを買って、レジで、期待はずれだなあ、と、ぼやいたら、若い女性店員さんに「まだ、これからですから」と睨まれてしまった。
 これはオープンの記念品ですので、とおまけにつけてくれたメモ用紙は、雑誌売場の一番上に乗っている一冊みたいに、表紙がめくれあがっていた。意趣返しではないよね(笑)。

 PRの地味な「ラクエ四条烏丸」さん、施設や店舗は別段、地味なわけではないのだけれど、PRという点では、フロアガイドのリーフレットも、やっぱり印象は地味だ。(笑)
 よくあるA4サイズ三つ折り。長3の封筒に入る、あのサイズですね。
 もちろん、両面カラーで刷られているのだけれど、表紙はスミ1色。ごくシンプルに文字とロゴマークだけで仕立てている。ただし、どうやら、この面のスミは光沢のあるニス引きのようなインクを使っていて、中面の普通のスミによる黒とは違っている。さりげなく贅沢をしてある。
 だけど、それが活きていないように思える。
 ダークブラウンでまとめた裏面のほうが、地図がなければむしろ高級感がある。
 それと、PR全体に、ロゴマークとシンボルマークとの両方があるため、なんとなく使い分けに苦慮しているような感じだ。

 もやもや感は、ホームページでもそうだった。
 オープン当日、夜になってから、ホームページを検索してみたら、

Service Temporarily Unavailable
The server is temporarily unable to service your request due to maintenance downtime or capacity problems. Please try again later.

 あれ、なに?!
 店舗はオープンしていないのかな(苦笑)。

 さすがに十日経ってみてみると、一応、ひらいてはいるけれど、まだ、ちゃんと機能していないような印象を受ける。各店舗については店内写真とデータを並べた1頁だけしかない。あとは、それぞれのテナント独自のホームページに跳ぶだけ。

 さて、リアルに戻って、ビルの地下フロアに降りてみると、食品が多く、ファッションのわからないオジサンにも、少しみるものがあった(笑)。
 といっても、蜂蜜屋さんは、三条富小路の金市商店のほうがずっと専門的な印象だし、最近、やたらと増えた競合ショップと較べてどうだろう。ワインの店は店名に「やまざき」とついているのがヤマザキパンみたいで、添加物に不安をかきたてる(笑)。すみません。
 立地の良さと複合効果で、かなり勝負はできるでしょうね。

 中川政七商店、という、最近ときどき名前を耳にする、伝統工芸雑貨の店が入っていた。
 細辻伊兵衛や一澤信三郎、といったあたりのブランドイメージをねらっているのだろうか。
 入口のレジ脇に、おそらく購入者へのオープニングノベルティだろう、「京ふきん」のプレゼント、とあった。
 でも、どうも、奈良の手仕事をウリにしているショップのようですよね。
 ならば、奈良ふきん、でもなんでもいいし、奈良らしいものをノベルティにしたほうが、ショップイメージというか、コンセプトの上でも一貫性が保てるのではないかな。
 第一、京都の人間に、奈良から「京」ふきんプレゼントなんて言われても、違和感がある。

 伝統工芸のメッカのような京都で、まともに「京」と張り合うのは、それこそ「京都人」のややこしいプライドに(笑)火をつけるようなものだ。
 そのまま「奈良」を前面に出すほうが印象はいいだろう。「奈良」ブランドに自信を持って浸透させればいいのだ。平安京より古い都なのである。
 並んでいた吉野箸なんかも、なかなか魅力的である。まあ、買うなら、どうしても地元の市原商店あたりに行ってしまうでしょうけれどね。(謝)

 店の責任者っぽい、てきぱきと感じのいいきれいなおねえさんに、そんなことを喋っていたら、ここでも、白い目でみられてしまった。(笑)

 地下から通路に出られるのは、このあたりの商業ビルの便利なところだ。
 地下鉄四条駅改札前の「コトチカ」では、相変わらず、「クリスビードーナツ」に列ができていた。
 以前、大阪なんばのターミナルビルで、ベルギーワッフルの店の長い行列を見て驚いたけれど、その後たまに通ってもそんな行列は見なくなった、ここではいつまで続くのでしょう。こんなにホコリっぽい地下の人混みで、わざわざ長く並んで待つというのは、どうも群衆心理としか思えないのが、へそまがりなんでしょうねえ。

 ターミナルビルをのぞけば、京都の地下街ではおそらく初めての「地下2階」にできた商業施設? 「成城石井」をまだ見ていなかったので、これもついでにのぞいてみた。

 ここもまあ、狭いこと。(笑)
 京都の中心街では、地代と商圏人口を考えるとしかたないのでしょう。
 品出しをしていた店員さんに、
「競争相手はイカリスーパーあたり?」
と訊いたら、
「まあ、明治屋とか…」
と返ってきた。
 なるほど。価格帯はそのあたりかも。
 香辛料の棚に朝岡を探したら、マスコットとS&Bだった。
 マスコットの売値比較はしていないが、京都駅地下ポルタのジュピターと較べると、コーヒー豆なんかは1割くらい高い、といった印象だった。

 ラクエさんのフロアガイドの裏表紙の地図では、烏丸御池(烏丸姉小路)の「新風館」が、わざわざ強調してある。
 その理由は、フロアガイドの表紙をめくった中扉にポイントカードの入会案内があって、「共通カード」として勧誘してあるのですぐわかった。客層はまったく違うだろうけれど、いい試みですね。
 同じ烏丸通りで、地下鉄でひと駅離れているものの、歩いていける近場。人の流れがつながるならば理想的である。
 新風館は電電公社の跡地にできているから、あちらもNTT都市開発だったのかな。

 でも、できることなら、コトチカもココン烏丸も巻き込んで、連携してやってほしいものである。ほんとうは、ゼスト御池や、河原町ミーナ、四条河原町の阪急コトクロスビルあたりまで、いわゆる「田の字地区」で、「面」としての集客を考えればいいのにね。

 かつて阪急電車が河原町まで延伸するとき、四条通りの商店街が、客をとられるとして、地下道に商店街をひらくことに反対したというが、その結果の、ことに四条大宮方面の衰退はみごとなものだ。
 消費してくれるお客にとって、何が便利で、期待に応えるものであり、潜在需要を掘り起こすのか。
 徹底的なマーケティングがなされているようでいて、じつは、いつも、お客の立場に立って考える、ということはあまりできていないような気がしてしまう。それは、その分野でのスペシャリストではないから感じるだけのことなのだろうか。
   
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2010年11月19日

変わる京都の商業集積/壱   ラクエ四条烏丸(上)

旧暦十月十四日 癸酉(みずのととり)

 バスに乗り換えるため四条烏丸で地下鉄を降りたので、ストアデポに消耗文具を買いに寄り、あ、そうそう、と思い出して、先週オープンしたばかりの「ラクエ四条烏丸」をのぞいてみた。

 路面入口から入ってみると、意外と狭い。
 あちこち合併して、わけがわからなくなったけれど、確か、もともとは三和銀行で、かなり重厚な近代建築だった。その後、合併で何という銀行になったのだったか、取引が(笑)ないと、まったく覚えていない。すぐ西隣に、ずっと変わらず京都中央信用金庫があるのはわかっているのですけれどね。

 考えてみると、銀行にはバックヤードなんてないから、いつも、どこかの銀行に入るたびに見る、あの空間がほとんどすべての敷地面積なのだろう。
 同じ交差点の南側にある「ココン烏丸」のほうがずっと広い。あちらは、もと丸紅の社屋ビルだから、収容力が大きかったのでしょう。
 ラクエは、NTT都市開発株式会社の運営。NTTと聞いただけで、電電公社、という、かつてのお役所イメージを持ってしまうけれど、NTTさんも、こんなことまでやっているのですね。

 中に入るまでもなく、通りに面したショップを見るだけで、仕事を持ち可処分所得のある若い女性がターゲット、のイメージが強い。アラサーあたりでしょうか。そういえば、この商業ビル建設が決まったことを報せる新聞の記事などで、女性向けと明確に予告していたような気がする。たしかに、街ナカ消費の中心は、働く女性だろう。

 この「ラクエ四条烏丸」オープンの日、京都新聞の朝刊に、カラー全頁で告知広告が入っていたが、地味だった。(笑)
 あらためて見直してみた。三人の女性モデルが湖の桟橋の端っこのようなところでポーズをとっている。モデルのうち一人は日本人っぽい。二人は西洋系の顔立ちで、金髪と栗色かな。
 モデルさんが雰囲気を出しているので、ぱっと見、ヨーロピアンな印象を受けるけれど、背景はどうも大沢の池あたりではないかしら。池のまわりの木々の中途半端な枯れ具合や、向こうの山のくすんだ色から、ごく最近、いそいで撮ったような気がする。もっとも、よくみると向こう岸を一面覆っているのは蓮の葉のような…。というと春先?、だけど葉の落ちた冬枯れの木は見あたらないから、やっぱり、秋口?

 どうでもいいのだけれど、とりあえず、この地味な絵が(笑)、全頁紙面の上半部六割を占めて、入っているキャッチが

 「美人な、より道を。」

 ふうん・・・。
 ま、ま、感性的なキャッチは、人それぞれというか、クライアントが気に入ってくれればいいということで、四の五のいわずにおきましょう。

 ただ、ボディはねえ。
 ボディコピーは、アタマそろえのナリユキで、本文11行。タイトルがついている。

 「四条烏丸、ファッションの都へ。」

 なんだかなあ。
 四条烏丸がファッションの都になる、という意気込みなのだろうか。
 で、本文はつぎのように始まっていた。

 「とつぜんですが、より道、していますか。
  はりきって、新しい道を、歩くひとも。今は苦しいけど、いばらの道を、歩くひとも。
  にんげん歩くと、やっぱり疲れるから、より道が必要だと思うのです。

 このあたりで、思わず噴き出してしまった。ごめんなさい。
 あとに続く作文は中略とさせていただいて、おしまいの3行。

  こだわりのショップが、あなたの五感に語りかける、
  オトナのファッション・ランドマーク。
  あなたを美人にする、より道スポットになれたら、うれしいです。」

 じつは、出だしの3行に続く4行目に、

  そして、そのより道には元気のでる「出会い」があると、うれしい。

 と、あるから、もう一度重なる「うれしい」を、ここでは「うれしいです」としたのでしょうね。
 いやあ、みごとな、作文コピー。
 省略した、あいだの行は、もっとベタです。(笑)
 わざと、こういう素人っぽい雰囲気にしたのかな。

 新聞の全頁だから、広告代理店さんが扱っているだろうし、写真もモデル撮影の撮り下ろしだろうし、ならばコピーライターさんが入っているだろうと思うのだけれど、どうなんでしょう。
 くすんだ季節感の背景が大沢の池だとしたら、京都の代理店の仕事かな。
全頁のスペース取りは4面で右ページだったが、地元代理店でも、地元紙の左ページを押さえるということは難しいのでしょうね。
 今や新聞の経営は四苦八苦のようだし、どうせ記事もろくに読まれないのだったら、全頁広告なんかには、左ページを割高で売ればいいのに、と、いつも思う。

 抜群の立地とはいえ、そう先に消費拡大期待の持てない不況の中、たいへんな工費をかけて商業施設を新築したのだから、商圏調査は綿密に行なった上で、施設そのもののコンセプトを決めたはずだ。それをキーワードとして落とし込んだのが「美人な、より道。」ということになるのだろうけれど、何か、もやもやしますね。

 そのもやもや感は、ビルをのぞいてみて、テナント構成にもなんとなく感じられた。
 女性ファッションがメインですから、まあ、こちらにはセンスも価格も理解できないところは多いのですけれどね。(悩)
 4フロア30軒あまりの中に、ランジェリーショップが2軒も入っていて、そのひとつは、シロートのオトコには、なんだか祇園か大阪キタの新地あたりのお姉さんがた御用達といったふうにみえて、前を通るだけで、ギョッと引いてしまったけれど、烏丸オフィス街のOLさんたちは、ミニスカやパンツスーツの下にあんなのを履いているのだろうか。それとも勝負用?

 全体の不統一な印象は、なんとなく、数年でほとんどのテナントが入れ替わった「ゼスト御池」を思い出させる。まあ、ここは、通行量が圧倒的に違う強みはあるけれど。
 カフェを併設した生活雑貨のショップで訊いてみたら、出足は「かなり渋い」と苦笑していた。いい感じのお兄さん、頑張ってほしいものだ。
 ヴィンテージの家具や食器を売る店では、若者がティーカップを買っていた。一部の作家もの意外はすべてアンティークなのだそうだが、おじさんは、つい、この値段なら新品のお気に入りのほうがいいや、と思ってしまうのが貧乏性なのだろうか。(笑)

 で、このラクエさんがオープンするというので、ちょっと期待したのは、河原町から撤退した、あの「丸善」さんが復活する、とニュースになったからだった。

 いつもながらだけれど、これ以上長くなっては、また、ヒンシュクをかうこと必定なので、とりあえず、to be continued !(謝)
   
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2010年11月11日

いつかはなくなる国境?

旧暦十一月十一日 乙丑(きのとうし)

 ここのところ、マスコミは、例の尖閣諸島での漁船衝突事件での録画「流出」で、海上保安庁の職員が名乗り出た話題で持ちきりである。
 四十代のいいおじさんだから、おちゃらけてちょっとネットに流してみた、というわけではないはずだ。事前に読売新聞記者の直接取材に応じていたというから、いわゆる現代用語の「確信犯」だろう。読売新聞の記者は、いつ、どう記事にするつもりだったのか、あるいは半信半疑だったのか。
 よくサスペンス映画なんかであるように、マスコミに告発する、というのも、結構難しいものだとよくわかる。第一、今の記者さんたちの多くは不勉強だし、使命感に欠けているしね。
(※ 誤報、すみません。読売新聞ではなくて、読売テレビでした。ユーチューブに放送記者当人の話がアップされているようです。11/12)

 これから、いろいろとまた中途半端な情報が出てくるだろうけれど、罪に問う、というのは、なかなか難しいのではないだろうか。せいぜい「守秘義務違反」にあたるかどうかで、それも微罪がいいところではないか。
 だいたい「情報公開」を強く主張してきた民主党さんが、最初に「ビデオがある」なんて口にしながら隠すから、ややこしくなったのですね。
 ふつうに見せていればいいものを、変に隠すから、中国共産党政府も、見ないうちから「捏造だろう」などと反撥する。おかげで、みなさん、今、きまり悪そうではありませんか。(笑)
 あの程度の状況録画だとしたら、民主党政権の、「公開したら両国関係をこじらせる」というあの姿勢は、相手を、よほどわからずやだと馬鹿にしたものということになる。

 まあ、そんなことより、ネーミングも仕事のひとつである身としては、わざわざつけられた投稿ネーム? 「sengoku38」の、「38」の意味が気になるのですが。(笑)
 仙石さんパー、だとか、中国語で「忘八」がワンパーで、それにひっかけているとか、かの2ちゃんねるでは(!)、いろいろな説が飛び交っているようだ。

 これだけ「尖閣」が話題になってしまったおかげで、世間は、今さらのように「国境」をめぐって、「弱腰外交だ!」などと喧(かまびす)しい。
 「弱腰外交」という言い方は、その頃を見聞きして知っているわけではないけれど、太平洋戦争前にも流行った言葉らしい。まあ、第二次大戦の勃発前、どこの国でもそうだったでしょうけれど。
 日本も、日露戦争以来、国民は戦争をしたら勝つものだと思いこんでいた。続いてきた綱渡りのあやうい勝利を絶対的な国力だと信じていて、外交で引いてはならないという「世論」だか「輿論」だかが圧倒的主流だった。

 今の民主党政権の外交を言うなら、弱腰外交というより、ただの「無策外交」にすぎないでしょう。
 もともと意見がばらばらの党内が、政権を取ったときに、どう内閣を支えて、支持の拡大と政権安定に寄与していくかなど考えてもいなかっただろうから、みんな思いつきで言いたいことを言っているだけである。
 スタンスが定まっていない、つまり、基本的な大局観を確立していなかった、ということはもとより、執政のための「学習」が追いついていない、という印象しかない。

 日本の財政の、先進国最大の借金も、中途半端にしてきた国境問題も、世界貿易における開国対策も、ま、もともとは、すべてここまでの自民党政権がツケをまわしてきたといえばそれまでではあるけれど、それを解決していく期待によって「チェンジ」となったのは、オバマさんと同じなのだから、やっぱり「なんとかして」くれなければねということになるでしょう。

 尖閣! が、ぶり返して、みんなもう忘れてしまったけれど、じつは、北方四島にメドベージェフ君が訪れたということのほうが気になっている。
 尖閣や竹島は、近々でみればだいたいどちらに分があるか、みたいな歴史的検証もある程度できるものの、もうちょっとさかのぼれば、といった微妙なところもあり、中国共産党政府も韓国政府も、現実には、お互いに一線を越えない、といったぎりぎりのところで踏みとどまっている。

 ところが、ロシアのメド君は、そういった、隣どうしの日頃のつきあいを越えて、いともたやすく、離れ座敷に土足で踏み込んだ。
 日本政府が南に気をとられているスキを突いた、なんて、もっともらしいことが言われているけれど、そうだとしたら、まさに火事場泥棒のようなものですね。

 中国や朝鮮とは、ちょっと近親憎悪みたいなところもあって、ほんとうはもっと早くなんとかなっていたはずなのに、過去の自民党政府や愚かな政治家たちが、侵略はしていないだとか、従軍慰安婦も強制連行もでっちあげだとか、まあ、どうしようもないくだらない主張をして、無意味な波風を立ててきた。今度の尖閣問題での、中国各地でのデモも、あの田母神さんが、わざわざ中国大使館に抗議デモを組織して刺激したことに端を発している。
 だけど、ロシア政府とは、ちょっと立場やいきさつが違うだろう。

 長くなるので検証までしないけれど、日露戦争のころは、太平洋戦争のときみたいに、国民を道連れに花と散って陛下のために死のう、なんていう軍人や政治家はほとんどいなかったらしくて、冷静に、ここで戦争をやめたほうがトクだ、と、ポーツマス条約で、要領よく講和している。
 これはアメリカに仲介させている。
 このときに、「樺太」の半分まで「永久に」日本の領土とした。

 で、時代は下って、ロシアはソビエト連邦となり、アメリカとの戦争を視野に入れていた日本は1941年の4月に「日ソ中立条約」を結んだ。
 これは5年間有効だけれど、満期の1年前に通告すれば破棄できる。借家の契約解消での通知が何カ月前でしたっけ、あれと似たようなものですね。
 だから、「契約」が切れるのは1946年のはずだけれど、日本の同盟国ドイツと戦い、ドイツを共通の敵とするアメリカやイギリスと裏取引をしたスターリンは、敗色濃厚な日本の戦後処理を密約して、4月には日本へ条約破棄を通告した
 そして、8月9日、ちょうど「ナガサキ」原爆投下の日ですね。おそらくそれも知っていたのだろう。破棄を通告しても条約は翌年の4月までの期限を残していたはずだけれど、対日本戦を開始した。足もとをみて弱みにつけ込むことと強硬戦略は、スターリンの得意技だろう。
 ソ連との「国境」を守っていた、関東軍と呼ばれた満州の日本軍は、入植させていた自国民など見殺しどころか捨て駒にして、総崩れで逃げ出した。「中国残留孤児」は、このとき生まれた。
 逃げ遅れた日本の兵隊さんは捕まって「シベリア抑留」され、多くの人が死んだ。今でいう捕虜虐待だけれど、戦後の日本政府は、自分たちが中国や朝鮮でしてきたことへの後ろめたさもあり、補償を放棄した。

 スターリンは、北海道まで欲しがったらしいけれど、アメリカが突っぱねた。だけど、ポーツマス条約で「永久に」とうたわれたカラフトどころか、歯舞、色丹にいたるまで、全部払い下げしたのは、ソ連と結んだアメリカである。

 いわゆる北方四島については、日本の敗戦で、暮らしていた土地から追われた人たちがまだたくさんいて、帰りたいと願っている。
 メドベージェフ君はニッサンの四駆だかで国後島を走り回って、嬉しそうにツイッターでふれまわっていたようだ。中国人民軍の強硬派や、ニッポンの田母神さんあたりでも、あれに較べたら、品があるようにさえ見える。

 プーチンの腰巾着といわれ、ずっとサポーターとして支えてきた功績で大統領にまでしてもらったメド君は、プーチンと同郷で、地縁つながりの派閥があるらしい。
 プーチンはKGB出身。日本でたとえれば、戦時中の特高警察の幹部が総理大臣になったようなものである。メドベージェフとKGBの関係はどうなのだろう。
 政敵の企業を国家権力で奪い取り、原子力潜水艦の沈没事故では、テレビカメラの眼前で、抗議する遺族に後ろから注射を打ち、世界の誰もがあきらかに誰のせいか理解したリトヴィネンコ殺害ではシラを切る、といった姿勢を堂々と通してきたプーチンにみるロシアのスターリニズムには、迷いというものがない。

 今、日本では「弱腰外交」などと、みんな雰囲気に乗りたがっているけれど、どうせ三ヶ月も経てば忘れてしまう。
 三歩歩いてさっきのことを忘れるといわれる、ニワトリみたいなものだ。
 尖閣諸島だって、今でも、どこにあるのか知らずに言っている人も多いのではないだろうか。まして、歴史なんて知ったこっちゃない?
 「世論」とは、どうせ、そんなものである。

 中学校や高校の、社会科の副読本だった世界史地図でも見てみるとよくわかるけれど、百年、二百年経てば、国境なんか大きく変わっていた。
 もう、国境線をめぐって、そんな野蛮なことをやっている時代ではない。

 国会も、国民のウップンばらしを利用するような「論戦」は、そろそろいいかげんにしてほしいし、ウケていると錯覚している小泉ジュニアばかり、カメラの前で質問させるのも、まあ、ほどほどにして、もう少し、国民の理性や知性にも、敬意をはらってほしいものである。
   
posted by Office KONDO at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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