2011年02月28日

ビキニ・デーとCSR。

旧暦一月二十六日 甲寅(きのえとら)

 嗚呼、もう2月が終わる!
 二月は逃げる、とは、ほんとによく言ったもので、一月の去ぬる、三月の去る、と較べても、ずっとスピード感がある(笑)。
 大の月に較べると三日少ないのは大きい。えらいことです。

 明日、3月1日は、以前にもふれたことがあるけれど、「ビキニ・デー」。
 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/200902-1.html
 かつて、太平洋の美しい珊瑚礁の島々で、アメリカが核実験を続けたが、その爆発で撒き散らされた汚染物質「死の灰」をかぶったマグロ漁船「第五福龍丸」が帰還後、わずか半年で、久保山愛吉さんという乗組員が亡くなっている。1954年のこと。
 ビキニ・デー、としては知らなくても、そういうことがあった、ということはなんとなく知っている人も多いのではないだろうか。

 ほんとうは、日本のすべての人が知っておかなくてはならないはずの出来事である。
 ヒロシマ、ナガサキ、に続く、第三の被爆。
 日本は、核爆弾による被爆を身をもって経験している、唯一といっていい国である。

 少し前に、山下正寿さんというかたの「ビキニ・デー」を追ったドキュメンタリーを観て、お話しを聴く機会があった。高知県で長く高校の社会科教員をつとめ、退職。プロフィールでは、現在、高知県太平洋核実験被災支援センター事務局長、となっていた。
 山下さんは、現役教師だったとき、地域の現代史を調査する高校生たちの課外学習で、原爆の「ヒバクシャ」をたずねるうちに、偶然、ビキニの水爆実験で被災した漁船員のことを知ることになる。
 第五福龍丸の母港は、静岡県の焼津である。遠く離れた高知県の港に同じ爆発実験で被災した船がいたとは、思いもしなかったはずである。

 高校生たちとともに聞き取りを続けたが、この高校生たちの地元である幡多という地域の、14の漁村すべてに被災した船員がいることがわかった。
 この活動がきっかけとなって、ビキニ・デーの悲劇が第五福龍丸だけではなくて、じつは1000隻にもおよぶ船が被災していたことが、あらためて明らかになる。
 ひとつひとつ事実を探し出して並べていく、その淡々とした執念には敬服させられる。

 この経緯が、2004年に、南海放送ローカルで『わしも死の海におった〜証言・被災漁船50年目の真実〜』として放送され、「地方の時代映像祭」でグランプリを受賞している。その後も取材を重ねながら番組制作をして、いわば新訂版のように、たびたび放映してきたようだ。
 観たのは、2010年版の番組で踏み切った、というDVD化された映像だった。
 できることなら、DVDの制作費が回収できてからでいいから、ユーチューブあたりで、誰もが簡単に観られるようにしてほしいものだと思う。講演の映像も撮っていたようだから、大学の講義みたいに、どんどんネットで流せばいいのだ。

 日米政府や、関係者が、まるで、バットマンのゴッサムシティの悪人たちや、バイオハザードのアンブレラ社みたいに、いかに露骨で単純な悪人ぶりを発揮したかには、あきれるばかりだが、皮肉なことに、ビキニで舞い上げられた死の灰は、1000隻の日本漁船だけでなく、偏西風に乗って、アメリカ本土にもたっぷりと降り注いでいる。
 アメリカによる調査は、ヒロシマ、ナガサキのときのABCCと同じように、医学的救済のためではなく、これ幸いの人体実験として被災者をモルモット扱いしている。

 被曝して帰港した船乗りさんたちは、日本の厚生省職員だかによってガイガーカウンターをあてられたが、それはむしろ、ついでや冗談半分のようなもので、数値が記録されてもいない。本人たちの記憶で、驚くべき放射線量が明らかになっているが、調べる対象は人ではなく「魚」だったのである。
 魚は健康被害をもたらすものが市場に出まわると、「一般国民」の口に入るので騒ぎが広がることになる。けれど、人は、本人が健康被害に遭うだけである。

 日米政府は、秘密裏に談合して、早期決着へと持ち込んだ。
 鈴木善幸さんや中曽根康弘さんがかかわっていたようだ。
 まとめて慰謝料を受け取り、のちのち責任を問うことはありません、という、アメリカにとって好都合の示談でまとまった。

 見逃せないのは、このとき、水産会社がかなりの役割を果たしたとみられること。
 考えてみると当然なのだけれど、このことには想像力がおよんでいなかった。
 山下さんの「資料」には「大手水産会社」としてあったが、話の中では「ニチロ」や「マルハ」といった名前が出ていた。どっちみち、おおよそ察しのつく社名ではある。
 水産会社は、マグロ漁船から魚を買い取る。しかし、放射能に汚染されている魚は廃棄処分である。やがて放射能レベルが下がって「安全」になったとしても、人々の不安があると売れない。
 まさに1000隻もの漁船員の被曝がおおやけになり、騒ぎが大きくなると、いっそう魚が売れなくなると考えたのである。

 いずれ、あらためて、「大手水産会社」社史の、この時代の記述を調べてみたいと思っている。
 おそらく、反省はおろか、ひとこともふれられていないのではないだろうか。
 それは、これまでにいくばくかの社史編集に携わった経験からも理解できる。
 負の遺産、負の歴史は、できることなら記載したくないものである。かつて自分自身でも、作業をしていて、そういった心情への暗黙の配慮はどこかにあったと思う。制作スタッフとして、知っていて排除するようなことはなかったが、あえて、そういったことがなかったかを、深く訊くことはしなかった。

 しかし、こういった事例にふれてみると、あらためて、これからの時代には、むしろ、そういったところの掘り起こしこそ重要ではないかと思う。
 どんな過ちにせよ、振り返って再確認することができない企業は、ふたたび同じ過ちを繰り返す。当然、リスク管理もきちんとできない。みずからの歴史を検証して、反省し、「しくみ」として同じ過ちを繰り返さないための手だてを講じることが、ほんとうの意味でのCSRやコンプライアンスにつながる。

 もうひとつ、これは救いようがないけれど、久保山愛吉さんの主治医が、国立機関でのしかるべき地位と引き換えに、ビキニ被曝と死亡の因果関係の立証を抑えた、という話があったこと。もう少し詳しく知りたい。

 あれもこれも、人間の愚かさを嘆きたくなることばかりではある。
 そうして、1000隻もの漁船の乗組員の被曝が地下に埋もれ、アメリカとイギリスは、南太平洋の美しい海で、16年間に122回の核実験を続けた。
   
posted by Office KONDO at 03:41| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月13日

メディアと情報。

旧暦一月十一日 己亥(つちのとい)

 チュニジアが起爆剤となって、北アフリカが揺れている。
 エジプトへの旅行が意外とアブナイ、ということくらいで、ここまで煮詰まっていた情勢なんて、まったく知らなかった。
 世界の現在について、いかに不勉強であったか、とともに、日本のマスコミが、いかに何も伝えていないか、ということを思い知った。

 各国での政権崩壊には、インターネットが一役買った。
 考えるべきことはいっぱいあるのだけれど、今、余裕がないので、とりあえず重箱の隅からちょっとだけ。(笑)

 先月のことになるけれど、新聞をみていたら、「採農ボランティアに活路」という見出しで、果樹園の栽培、収穫を支援するボランティアの話が載っていた。
 この「採農」という言葉は初めて目にしたものだったので、また、わざわざ新しい言葉を考え出した言語芸人がいるのか、と思って、どういう意味で使われているのか読んでみたけれど、よくわからない。
 記事の冒頭の導入文、リードのところに「ミカンの収穫などを手伝う援農ボランティアが注目されている」とあったので、援農の間違いなのかな、と思ったけれど、80級に長体をかけたくらいの(写植でいうところが古いなあ)大きな見出しの、それもアタマにきている文字だから、まさか、そんなことはない、と思って調べてみた。しかし、手もとの資料くらいでは、農業関係の新語となると手に負えないし、ウェブで検索してみたけれども出てこない。

 しばらく、そのまま放っておいたけれど、どうもむずむずするので、思い切って、京都新聞の「読者応答室」に訊いてみた。
 応対してくれたかたも、「そうですなあ、新しい言葉かどうか、私も…」
 で、調べて、またご返事します、ということになった。

 翌日、留守中に、留守番電話に録音が入っていた。
 単純に、誤植だった。
 「まことに申し訳ありません。担当部局の責任者すべてにわたって厳しく指導しておきましたので、今後ともよろしくお願いします」
 丁重な伝言をいただきました。

 電話で訊ねた時点で、じつは、うすうす、そうではないかと思ってはいたのですけれどね(笑)。
 ニュース編集部、というところが担当部署らしい。耳新しい部署名。報道部や社会部とはまた別なのでしょうね。週刊誌でいえば、話題班、みたいなところになるのかもしれない。
 京都新聞さんの名誉のためにいえば、この記事には署名が入っていないし、神奈川県や山梨県といった関東域の話なので、おそらく共同通信からの配信記事なのだろう。
 でも、共同から誤字で配信ということも考えにくいし、万一そういうことがあったら、ただちに訂正が送られてくるだろう。
 そのあたりのしくみには、あまり関心を持ったことがなかったけれど、見出しは各社でつけ直しているのかな。
 かつて所属していたことのある事務所では、十紙近い地方紙やブロック紙をスクラップしていたので、そういった各紙で同じ内容の記事を探して比較すれば、よくわかって面白いだろうけれど、今、ウチではそこまでやっていません(笑)。

 べつに、個人にお詫びをいただく問題でもないし、あらためて、もう一度こちらから電話をするようなことでもないので、そういったことについては訊きそびれてしまったけれど、ただ、気になるのは、この記事が載って、およそ二週間してからの問い合わせだったのにもかかわらず、どうやら、その時点ではじめて、誤植だったと気づいたらしい、ということ。

 みんな、自社の紙面を読んでいないのだろうか。
 ひとむかし前だったら、いかに夕刊の2面といえど、大見出しで誤植、なんてあれば、編集長の大カミナリが落ちて、社内中に知れ渡り、知らない者はいなかったのではないか。
 新聞社の編集部というのは、そういう職場だと思っていたし、また、そうでなければならないと、今も思っている。

 京都新聞の記者さんにはすぐれた人も多いし、こんなことは、本来的な問題ではないのだけれど、ここ数年、どこの紙面に限らず、全国紙も専門紙も、本文の誤植や、あきらかな間違いと思える文面が、少なからず目につくようになった。
 人員は大幅に減っていると聞く。ただ、人が減って手がまわらない、チェックが行き届かない、といった量的な戦力不足、というより、モチベーションの低下が大きいのではないか、そんな気がする。

 もっとも、先の誤植のような話は、記事を書く取材現場の記者や、配信記事を編集する担当者だけの責任ではなくて、新聞社には校閲部があるはずで、たいてい、どこにでも「校正の神様」のような人が必ず一人くらいいて、絶対に見落とさない、という矜持を持っていたものだ。そういった影が消えてしまったのか。

 ジャーナリズムの現場全体の、基礎的な劣化は否めない、というのが現実ではある。
 マスコミ全体にいえることだろう。
 テレビにいたっては、間違いの垂れ流しのようなところさえある。間違ったことを放送してはいけない、とは、誰も考えていないようにさえみえる。

 誤植そのものは、責めることではない、と思う。
 だいたい、人のことはいえたものではなくて、こちらも、かつて活字になってしまった仕事の中に、いくつも苦い記録が残っている。
 ただ、二週間、誰も気がつかないでいた、というのはねえ。

 こういった、発信に対する責任感の希薄化、というのは、じつは、インターネットの普及が大きく影響している、と思っている。

 インターネットの情報は、大半がフリーペーパーみたいなものである。
 ご自由にお持ち帰りくください、というスタイル。

 現実社会のフリーペーパーは、なんらかのかたちで、有料での情報発信経験の実務経験者がかかわっている場合が多いから、これまでに形成されてきたルールや、一定のセオリーが生かされている。無料であっても、読者のかわりに、スポンサーへの責任が、最低限のクオリティへのボーダーラインを引いている。
 たまに、まったくの未経験者が見よう見まねで始めた雑誌なんかで、有料でも、発行日も号数もなかったりするようなものがあるけれど、ああいうのは、すぐに消えてしまう例外のようです(笑)。

 だけど、ネット上のフリー情報は、意識して残さない限り、どんどん更新されることもあり、少々まちがっていようが、おかしな内容であろうが、よほどの専門的なコンテンツ制作者、つまりプロの編集者や書き手以外は気にもとめない。

 初期の百円ショップみたいなものである。
 ダイソーさんなんて、最初は、商品の注意書きに堂々と、百円という低価格で売るものだから、商品が多少粗悪でもがまんしてください、といったようなことを記していた。
 さすがに今ではそんなことは言えない。

 ネットの世界も似たようなものだ。
 情報も、ネットだから簡単に、費用もかからず手に入る、だから、安かろう悪かろう、という暗黙の了解は少なからずある。おかしなものをつかんでも、それはたまたま運が悪かっただけのことですよ、発展途上だからしかたないでしょう、責任はあなた自身にありますよ、という暗黙の「ネット世論」の了解のようなものがある。
 だからなのか、ネットで公開されているホームページには、大企業でさえ電話番号がなかったり、ネットベンチャーの会社案内では「住所」がURLだけになっていたりする。
 電話がかかってくる、というような、過去の遺物「モルタル」のリアル社会との接点によるリスク、つまり社会的責任を極力回避しようとしているのだ。

 従来のマスコミが、ネット上の情報発信との競合に引き込まれ、安売り競争にさらされる中で品質を落としてしまうのは、一時期における必然だと思う。

 発展途上のネット情報は、いずれ、もっと「洗練」されていくだろう。

 マスコミの出発点は「口コミ」ではないか。
 人の噂や急ぎの口伝えは、日々の生活の防衛本能のようなものである。「人の口に戸は立てられない」そこに最初のビジネスモデルをつくったのが、「かわら版」だろう。

 かわら版の二次的整理をして、その正論を求めようとしたのがジャーナリズムの始まりといえるのではないか。
 現代のマスコミの発信は、基本的に二次的な整理、加工がされている。当然、加工した人物の主観や配慮といったワンクッションが置かれる。それが、いい場合も、よくない場合もある。

 北アフリカの政変で役割を果たしたインターネットの機能は、二次情報ではなく、一次情報だった。
 「集まれ」「こうする」「気をつけろ」そんな「伝達」だったはずだ。
 いわば、「のろし」を焚いて戦闘態勢を報せるような、シンプルな伝達機能が、世界を動かすほどの役割を果たし、逆に、自らはずっと、そういった機能を持とうとしてきたはずの、世界のマスコミ的ジャーナリズムが、じつは現状維持に手を貸しているだけだった、という皮肉なパラドックスが、そこにはあったのではないか。

 もっとも、インターネット・ジャーナリズム?! が、これから成熟して「洗練」され、二次情報で埋め尽くされていけば、同じ道をたどることになる。
 ネットの最大の利点は、コストをかけずに発信ができる、というシステムがつくられたこと。そこに、紙や電波といった旧来の「媒体」とまったく違う可能性が生まれたのだけれど、一方で、旧世代媒体をはるかに超える膨大な「ゴミ」の山も含むことになった。

 一次情報にはふれやすい。だから、強権国家、独裁国家では、検閲を強化して、人の口に戸を立てようとする。
 一方、「民主的な国家」でも、まだまだネットの利点は、粗雑であっても一次情報にあり、価値のある二次情報は、なかなか探しにくい。

 まあ、いずれにしても、最終的には、自分自身のあり方がためされる、ということでもあるし、これは、今までの媒体でも同じことだけれど、原点に帰って、無条件に信用してはいけない、ということでしょうね。
 誤植かな? という疑いの目を信じましょう。(笑)
   
posted by Office KONDO at 06:23| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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