2011年12月07日

クルマ天国は必要か

旧暦十一月十三日 丙申(ひのえさる)大雪

 今日は、二十四節気で 「大雪(たいせつ)」。
 「もう山の峰は積雪に覆われているので、大雪という。平地も北風が吹きすさんで、いよいよ冬将軍の到来が感じられる。この時節、時として日本海側では大雪になることもある。ぶりやはたはたの漁が盛んになる。熊が冬眠に入り、南天の実が赤く色づく。」(『現代こよみ読み解き事典』柏書房)とある。
 うーん、1993年初版、わずか二十年ほどですが、、今年はことさら、これを読むと温暖化を感じますねえ。

 今年の、あたたかい冬。「熊が冬眠に入り」 というのは、どうだろうか。
 去年のデータがわからないけれど、一昨年は、三千頭に及ぼうという熊さんが 「殺処分」 された。
http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/181541149.html
 今年はあたたかいので、山の恵みでしのいでいるだろうか。
 里に降りてくるなよ!

 熊さんにとっては山稜を分断して走る高速道路は迷惑でしょうね。自動車優先。
 このところ、ずっとTPPの問題にふれようと思ってきていながら、ちょっと予定変更。
 自動車税、のこと。
 これは、TPPに参加しようとする思想と通底するのではないか、そんな気がしたもので。

 11月28日、経団連の米倉弘昌会長は総務省政務三役と懇談会を開いて、自動車税の廃止を要望した、とニュースで流れた。
 都内の経団連会館で、というから、懇談会という名目で総務省が呼びつけられたかたちかな、と素人としては思ってしまいますが…。ふつう、出向いて行っての陳情でしょう。どっちが主役かがわかる。市民運動も、こういうかたちでやればいいのに。無理かな。(笑)

 「自動車税」 は、クルマを取得するときや保有、走行していることに対して課税される税金で、幅広くにはいろいろあるけれど、そのうち、「自動車取得税」、「自動車重量税」 のふたつを廃止せよ、と米倉さんは要請した。
 要は、クルマを安く買えて維持費が減るようにしろ、ということですね。

 TPPという協定を結んで、ほかの分野はどう犠牲になろうと、海外にもっとクルマを売りやすくして、さらに国内でもクルマの売れ行きがよくなるように、消費税は上げてもクルマの税金は減らせよ、という話である。
 米倉さんというのは住友化学の会長ですね。クルマの増産で、そんなに儲かるのだろうか。タイヤとかバンパーとかシートとか、自動車関連の製品はたしかに多いですけれどね。ちょっと、売上げに占める割合までは調べていなくてすみません。

 TPPにおいても、輸出振興に励まなければ、日本の空洞化が進むとか、競争力で負ける、などと言って、要は自動車産業が日本の大黒柱だから、これを守らなければ日本がつぶれる、みたいな危機感をあおっている。はたしてそうか。

 自動車産業は、今のような重厚長大産業としての寡占産業としては衰退するだろう。電気自動車が主流となれば、構造は簡単で、パーツも少なくてすむようになり、極端に言えば、誰でもつくれるようになる。かつてのバックヤードビルダーのクルマではないけれど、まさに 「物置で簡単にエコカーがつくれる」 時代がやってくる。既得権を守る規制さえつくられなければ、ですけれどね。
 エコカー手作りキット、なんていうのを、どこかのNPOあたりが、温暖化防止カンパ付き、なんていって売り出してもおかしくないのだ。
 今、トヨタやニッサンが、「ぶつからないクルマ」 とか、「安全な交通システム」 なんかについて必死で研究しているのは、バックヤードでは簡単にできない技術や装置をつくって、寡占状態を維持しようとしているだけである。

 ほんとうに、「運転者や歩行者の安全」 を最優先で考えているなら、今までクルマなんか売ってこなかっただろう。
 毎年1万人が交通事故で死んでいることを、みんなあたりまえのことのように受け入れている。
 原発事故の時、この数字を引き合いに出して、それに較べれば原発のリスクなんて、といった意味のことを言い放った科学者だったか研究者だったかがいたけれど、なさけなくも、一瞬言葉につまってしまうほどの犠牲の大きさであることには間違いない。

 そしてまた、自動車産業が雇用のかなめ、みたいなことを言う人がいるが、はたして、そんなに貢献しているものだろうか。
 かつて、ルポライター鎌田慧さんは 『自動車絶望工場』 を書いた。そのころから、いくばくかの労働環境が「カイゼン」されたのかもしれないが、根っこにある思想は変わっていないようにみえる。
 以前「季節労働者」といわれた人たちが「派遣労働者」と名前を変えただけである。「日本の雇用を守る」 ためのTPP、などというけれど、雇用を破壊してきた最先鋒は、自動車産業である。原点はアメリカに学んでいる。簡単解雇、即応雇用、である。

 民主党は、米倉さんの要望を、前向きに検討する、みたいなことを言っていた。
 消費税を上げようか、とまでいう財政事情の中で、高速道路の無料化、なんていう、とぼけた公約をしてきた感覚は変わっていない。
 高齢化社会の中で、まさに高速道路こそ受益者負担の必要な施設である。
 鉄道はどんどん廃線になり、フェリーも廃業し、ローカルバスの路線が消えて、公共交通という概念さえ失われようとしている。ふだん、黒塗りの公用車や社用車でのうのうと送り迎えされている連中には、「限界集落」 で、「日本の国土」 を守っているお年寄りたちの苦労は、わかるわけもないだろう。その脳ミソが、被災地支援の、あのていたらくにつながっている。

 自動車産業は、アメリカで、発展過程をたどる中で、鉄道と激しく争い、鉄道を駆逐するためのあらゆる手段を尽くしてきたという。
 自家用車の所有は、かつて富の象徴でもあり、欲望の最大の対象であった。
 玄関から目的地まで、暑さも寒さも気にせず、雨にも濡れずに横付けできるこの道具は、じつに便利である。法律も、その便利な道具を後押しするようにつくられた。さすがに、その運用のひどさに怒る人が増えてきたことで、ようやく、自動車危険運転致死傷罪ができたが、それまでは、どんなに悪質な「自動車殺人」を犯しても、業務上過失致死に問われることさえなかった。
 人を殺したことのある人間が、これほどおおぜい、世の中で心の痛みも感じないで暮らしていられるのは、戦争をやっていた時以来ではないのだろうか。

 クルマには、自分自身でもおおいに恩恵を受けている。自ら運転しないでも、人に乗せてもらうし、利用価値は充分にわかっている。
 しかし、もう、そろそろ、人の移動方法を、あらためて考えてもいい時期にきているとともに、自動車産業が永遠に基幹産業であるなどという幻想も捨て去ったほうがいいのではないか。
 それに、雇用を守るなどというまやかしは通じない。「グローバル」 企業は 「国家」 も 「国民」 も必要としていない。そこに求めているのはまさに、村上春樹さんが言ったように「効率」の良さだけである。いかに最大限の利益が上げられるのか、ということ。別に、日本にすべてを置く必要などないのである。
 大阪に本社があった企業も、大半が東京に本社機能を移したように、その経営に最適な場所を求めていくのは企業の本能である。
 米倉さんの要望は、ただの、「自分たちだけの目先の利益」 である。日本の経済人がここまで落ちたのは情けない。
posted by Office KONDO at 06:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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