2012年03月14日

すすんで「ユダヤ人狩り」をしたがる人たち

旧暦二月二十二日 甲戌(きのえいぬ)

 昨日ニュースを聞いて、あ、今頃卒業式だったのか、最近は遅いんだな、と思っていたら、十日前の出来事だった。
 なんとも信じられない話。
 卒業式で、校長にとっては、教え子たちの卒業を祝福するより、君が代を歌わない教師を探し出すことのほうが大切だったらしい。

 ウェブのニュースはすぐに見られなくなる場合が多いので、少し長いけれど引用。

<君が代斉唱>歌っているか口の動きチェック…大阪の府立高
毎日新聞 3月13日(火)11時30分配信 (「YAHOOニュース」から「毎日jp」)

 大阪府立和泉高校(岸和田市)で2日に実施された卒業式の君が代斉唱の際、学校側が教職員の起立だけでなく、実際に歌っているかどうかを口の動きでチェックしていたことが分かった。式典終了後の事実確認で、1人が起立しただけで歌わなかったと認めたため、府教委が処分を検討している。同校の中原徹校長は橋下徹・大阪市長の友人で弁護士。同市長が府知事時代の10年4月に民間人校長として採用された。
 府教委などによると、式には教職員約60人が出席。府教委が事前に全校長に出した「起立斉唱を目視で確認」との指示を受け、教頭らが起立状況に加えて、口の動きをチェックした。全員が起立していたが、このうち3人について口が動いていないと判断し、1人が歌わなかったことを認めたという。
 府教委は1月、府立学校の全教職員に起立斉唱を求める職務命令を出し、2月にあった卒業式で起立しなかったとして今月9日、17人を戒告(懲戒処分)とした。
 中原校長は13日更新した自身のブログで、府教委から「明らかに歌っていない教職員をチェックしてくれればよいとの指示を得た」とし「府教育委員会からの職務命令・指示を順守した」と主張。歌わなかったことを認めた教職員は「次回からはちゃんと歌う」と謝罪したとしている。
 橋下大阪市長は13日、記者団に「起立斉唱の職務命令が出ているのだから、口元を見るのは当たり前で素晴らしいマネジメント」と述べた。【田中博子、茶谷亮】

 卒業式が2日だったというから、この話を最初に流したメディアは、直後から知っていたものの、震災からの一周忌を前に、連日追悼特集が続く中で、埋もれてしまうのを避けたのかもしれない。
 それにしても、一年前のあの東北での悲劇を振り返って、日本中があらためて心痛めていた中で、よくまあ、こんなにマメに、陰湿なことを思いついたものだ。

 さらにニュースになったのが、これ。

祝辞そっちのけ、不起立教員批判…維新府議 卒業式で

 大阪府守口市の府立高で8日に行われた卒業式で、来賓として出席した大阪維新の会の府議が、国歌斉唱で起立しない教職員を見て、「ルールを守れない教員がいることをおわびします」などと発言、保護者らが「お祝いの言葉もなく、式が乱された」と抗議していたことが分かった。府議は「卒業生の皆さんを一番傷つけてしまった」とブログで謝罪した。
 高校などによると、来賓として紹介された際に発言した。終了後、学校や府議に保護者らから抗議があったという。府議は「このような教育のもとで3年間生徒を過ごさせたことに対し、本当に申し訳ないという思いから述べた。おめでとうと言える心境でなかった」と話している。
(2012年3月13日 読売新聞)

 なんともねえ。
 卒業式という晴れの場で、校長や議員たちは、心から若者の旅立ちを祝うつもりなんかまったくない。獲物を狙う毒ヘビのような眼で教師たちの口元をなめ回し、その中で誰が反抗心を秘めているのかを探し出すほうが大切だったのだろう。
 ネチネチとまとわりつくような、ただひたすら、自らに逆らう者がいないかを確かめる視線には、彼らの歪んだ精神が漂うのを感じる。どうあっても人を貶めようとする、何か、おぞましい、人間の心の闇のようなものさえ感じる。

 ふと、何かに似ている、と浮かんだのは、よくある「ストーカー事件」の報道にふれたときの感覚。
 そしてまた思うのは、この人たちは、「君が代」を尊重しなければとか、「ルール」を守る大切さをとか、もっともらしいことを言っているけれど、じつはそういうことはこじつけで、気持ちの本質は、何か理由をつけて、「気に入らないやつら」を探し出して、たたきたいだけなのではないか、ということである。
 少年たちが、ホームレスを襲撃する心理にも似ているのではないか。
 じつに、嫌な時代になってきた。

 議員さんのほうは、このニュースでは氏名が出ていないけれど、他のニュースをみると、その高校の卒業生でもある西田薫さんというかたらしい。この読売報道では「ブログで謝罪した」とあるけれど、とてもそんなふうには読みとれませんでしたね。
 http://ameblo.jp/go2183west/entry7-11186641321.html

 校長の中原徹さんのほうは、採用になったとき、ここにもあるように、橋下さんの友人だとして「縁故採用か」と話題になった、あのかたなのでしょう。
 こういった感覚の人が、弁護士だというのがやりきれない。
 この人も、ブログで、当日のの出来事を語っている。
 http://ameblo.jp/nakahara-toru/day-20120313.html
 当然、間違っていたなどとは言っていない。話の持っていきかたは、橋下さんと似たすり替えがあって、うまい。
 正当性を主張する論理は、法廷闘争で有罪を無罪と主張して判決を得るための、すごい高等技術なのだろう。

 なんだか、しみじみと考えてしまう。
 それで、あなたがたは、誰に媚びようとしているのか。
 みずからの行為で、何を誇ることができるのか。
   
posted by Office KONDO at 11:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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