2011年01月15日

小正月、そしてセンター試験。

旧暦十二月十二日 庚午(かのえうま)

 1月15日。新暦での小正月。
 今日は小豆粥ですね。

 「小正月」という呼び方が生まれたのは、いつ頃からなのだろう。
 簡単な古語辞典をみると、「正月(しゃうぐわつ)」はあるが、「小正月」はない。
『平安時代の儀礼と歳事』(山中裕・鈴木一雄編集/至文堂)といったテキストをみても、小正月にあたるような年中行事がない。「源氏物語」に描かれた宮中にも、出てこなかったのではないか。

 じつは小正月のほうが元旦よりも重要で、むしろ元旦が「小正月」で、小正月のほうが「大正月」だった、とは、よくいわれる。
 このあたりを言い始めると、まあ、「元旦」すなわち「一年の始まり」は、もともと民族によって違った、ということもあり、冬至であったり、収穫の秋だったり、家畜出産の春だったりと、きりがないのだけれど、旧暦でいえば小正月の十五日は、月齢では十五夜。満月のこの日が重視されたのはよくわかる。

 一月十五日を年中行事にあてることは、中国から伝わってきた。
 これは古い。だから、古語辞典でも「小正月」はなくても、「上元(じゃうげん)」は「陰暦正月十五日の称」(『岩波古語辞典増補版』)として載っている。
 中国では、この日が「元宵節(げんしょうせつ)」「上元節(じょうげんせつ)」となる。

 春節(旧正月)の最後を祝う華やかな行事。唐代から始まる。この夜を<元宵>と言い、数日間にわたって、家々の門や道路に美しい灯籠、走馬灯を飾り、竜や獅子、花などを形どった灯籠(行灯)を持って町を行進する。南方の<竜灯>(蛇踊り)、北方の<氷灯>も有名。<灯節><観灯会>とも言う。唐代以前には<祈蚕>の行事が行われていた。(『大漢語林』鎌田正・米山寅太郎/大修館書店)

 中元が七月十五日、下元が十月十五日ですね。
 ここに出てくる「祈蚕」という行事が何なのか、興味を惹かれるものの、今、ゆっくり調べている時間がありません(苦)。

 日本の年中行事で圧倒的に維持されているのが「正月」と「盆」だが、それに対比されるのが、中国でいえば「上元」と「中秋」だそうである。

 上元と中秋において、一致していることの一つは、この日、女性が外出することである。
 たとえば、江蘇省蘇州では、元夕、つまり正月十五日の夜、婦女相引き連れて市街を遊行し、橋三つを超えて帰る。こうすると、一年中病気に罹らないそうである。これを走三橋という。(『正月の来た道』大林太良/小学館)
 
小正月が「女正月」と呼ばれていろいろな風習が残っていたりするのも、このあたりから日本流にアレンジされてきたのかもしれない。

 上元は、当然だが、朝鮮にも伝わっている。
 『東国歳時記』には「上元」の項があり、

 薬飯 炊いた糯(もち)米に棗(なつめ)、栗、胡麻油、蜂蜜、醤油などを混ぜ合わせ、松の実(五葉松の実)を入れて再び蒸す。これを名づけて薬飯(または薬食)という。上元(正月十五日)のときの佳い時食であるばかりでなく、祭祀にも供え物として用いる。けだしこれは、新羅時代からの旧俗である。(『朝鮮歳時記』東洋文庫/平凡社)
 また、
 赤豆粥 正月十五日の前日、赤い小豆の粥をつくって食べる。かんがうるに、『荊楚歳時記』に、「州里の風俗に、門を祭るに先んじて、柳の枝を門に挿し、豆粥に箸を挿してこれを祭る」と書いており、今の風俗に赤豆粥を食するのはこれに似ている。」
とある。(同上)

 うーっ、薬飯、食ってみたい。韓国料理店なんかで出していないかな。

 「小正月」が、かつては「成人の日」として祝日に指定されていたため、かろうじて年中行事が保たれていたものの、ハッピーマンデー制度という、まやかしの「余暇」づくりのおかげで、すっかり影が薄くなってしまったことには、何度かふれた。

小正月が消えていく?
http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/112649329.html?1264365678
すっかり消えた小正月
http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/139279445.html

 今も、余暇の有効利用などといって、休日分散化のためにゴールデンウイークを地域ごとにずらす、などと馬鹿な検討をあきらめてはいないようで、いまだに労力をさいているらしいけれど、愚かとしかいいようがない。
 「国民祝日」のひとつひとつの成立には賛否両論あるかもしれないけれど、一応の背景を持ち、文化的に利用されていた祝日を、ただ連休をつくるためだけにあっちに寄せ集め、こっちに寄せ集めるのなら、最初から、「国民春休み」でも「秋の休日週間」でも、なんだってつくればいい。
 へんに歴史や時間に小細工して、愚行にむりやり「裏づけ」をくっつけようとするのは、政治家が小役人と変わらないことを示す、アリバイづくりの発想である。

 休日をいじくることで簡単に「余暇」をまとめて消費させることが可能なのは、せいぜい大企業と公務員くらいのものだ。根本的な労働制度のしくみで保証されないかぎり、実質的な「余暇」など増えるわけがない。
 休日制度を柔軟に、として、地域ごとに、などというなら、都道府県別に、その府県の三大祭の日でも、まさに県の「祭日」にして、学校も企業も休みにすればいい。地域振興の最たるものだ。
 だいたい「観光」というのは、その土地の「光を観る」ことだ。地域それぞれの歴史や伝統を地元の人たちが大切にできていてこそ、観光に訪れる客にとって大きな価値となる。

 もともとの休日を、ごちゃごちゃ動かそう、なんていうところで「柔軟な発想」の押しつけをしているより、もっとやることはある。

 今年はこの「小正月」に「大学入試センター試験」が重なった。センター試験と小正月は関係ないけれど、試験はいつも、だいたいこの時期。
 かわいそうでしょう!
 こんなにリスクの大きい季節に、なんでわざわざ、一生を左右するような試験を実施するのか。せめて12月の前半とか、まあ、観光シーズンをはずせばいいのではないか。
 早く進路が決まると、あとは勉強しなくなるからというのだろうか。
 合格しても、失敗しても、年が明けてから、時間の余裕をもって先の進路をみつめ直せるほうがいいのではないか。

 必ずといっていいほど雪が降って交通が乱れ、風邪やインフルエンザが流行し、それでなくてもコンディションの管理が難しい、最も障害の生じやすい季節に、わかっていて、人生のサイコロを振らせるのは、ほとんど虐めとしかみえない。
 まさに、「戦前感覚?!」の根性主義。
 教育関係者は、なぜ、こんなことを、ずっと認めているのだろう。

 企業も大学も同じである。
 じつは相手のことを考えない。
 学生も消費者も、ただの無機的マーケットとしかみていないのである。
 だから、大学は、無反省に、ただ学生が勉強しないとだけ嘆き、日本の企業は世界に出遅れてあわてた。
 日本企業にマーケットインが欠けていた、と近頃よく言われる。
 要は、相手の立場に立つ、そのあたりまえの姿勢がなかっただけのことだ。
   
posted by Office KONDO at 04:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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