2011年02月13日

メディアと情報。

旧暦一月十一日 己亥(つちのとい)

 チュニジアが起爆剤となって、北アフリカが揺れている。
 エジプトへの旅行が意外とアブナイ、ということくらいで、ここまで煮詰まっていた情勢なんて、まったく知らなかった。
 世界の現在について、いかに不勉強であったか、とともに、日本のマスコミが、いかに何も伝えていないか、ということを思い知った。

 各国での政権崩壊には、インターネットが一役買った。
 考えるべきことはいっぱいあるのだけれど、今、余裕がないので、とりあえず重箱の隅からちょっとだけ。(笑)

 先月のことになるけれど、新聞をみていたら、「採農ボランティアに活路」という見出しで、果樹園の栽培、収穫を支援するボランティアの話が載っていた。
 この「採農」という言葉は初めて目にしたものだったので、また、わざわざ新しい言葉を考え出した言語芸人がいるのか、と思って、どういう意味で使われているのか読んでみたけれど、よくわからない。
 記事の冒頭の導入文、リードのところに「ミカンの収穫などを手伝う援農ボランティアが注目されている」とあったので、援農の間違いなのかな、と思ったけれど、80級に長体をかけたくらいの(写植でいうところが古いなあ)大きな見出しの、それもアタマにきている文字だから、まさか、そんなことはない、と思って調べてみた。しかし、手もとの資料くらいでは、農業関係の新語となると手に負えないし、ウェブで検索してみたけれども出てこない。

 しばらく、そのまま放っておいたけれど、どうもむずむずするので、思い切って、京都新聞の「読者応答室」に訊いてみた。
 応対してくれたかたも、「そうですなあ、新しい言葉かどうか、私も…」
 で、調べて、またご返事します、ということになった。

 翌日、留守中に、留守番電話に録音が入っていた。
 単純に、誤植だった。
 「まことに申し訳ありません。担当部局の責任者すべてにわたって厳しく指導しておきましたので、今後ともよろしくお願いします」
 丁重な伝言をいただきました。

 電話で訊ねた時点で、じつは、うすうす、そうではないかと思ってはいたのですけれどね(笑)。
 ニュース編集部、というところが担当部署らしい。耳新しい部署名。報道部や社会部とはまた別なのでしょうね。週刊誌でいえば、話題班、みたいなところになるのかもしれない。
 京都新聞さんの名誉のためにいえば、この記事には署名が入っていないし、神奈川県や山梨県といった関東域の話なので、おそらく共同通信からの配信記事なのだろう。
 でも、共同から誤字で配信ということも考えにくいし、万一そういうことがあったら、ただちに訂正が送られてくるだろう。
 そのあたりのしくみには、あまり関心を持ったことがなかったけれど、見出しは各社でつけ直しているのかな。
 かつて所属していたことのある事務所では、十紙近い地方紙やブロック紙をスクラップしていたので、そういった各紙で同じ内容の記事を探して比較すれば、よくわかって面白いだろうけれど、今、ウチではそこまでやっていません(笑)。

 べつに、個人にお詫びをいただく問題でもないし、あらためて、もう一度こちらから電話をするようなことでもないので、そういったことについては訊きそびれてしまったけれど、ただ、気になるのは、この記事が載って、およそ二週間してからの問い合わせだったのにもかかわらず、どうやら、その時点ではじめて、誤植だったと気づいたらしい、ということ。

 みんな、自社の紙面を読んでいないのだろうか。
 ひとむかし前だったら、いかに夕刊の2面といえど、大見出しで誤植、なんてあれば、編集長の大カミナリが落ちて、社内中に知れ渡り、知らない者はいなかったのではないか。
 新聞社の編集部というのは、そういう職場だと思っていたし、また、そうでなければならないと、今も思っている。

 京都新聞の記者さんにはすぐれた人も多いし、こんなことは、本来的な問題ではないのだけれど、ここ数年、どこの紙面に限らず、全国紙も専門紙も、本文の誤植や、あきらかな間違いと思える文面が、少なからず目につくようになった。
 人員は大幅に減っていると聞く。ただ、人が減って手がまわらない、チェックが行き届かない、といった量的な戦力不足、というより、モチベーションの低下が大きいのではないか、そんな気がする。

 もっとも、先の誤植のような話は、記事を書く取材現場の記者や、配信記事を編集する担当者だけの責任ではなくて、新聞社には校閲部があるはずで、たいてい、どこにでも「校正の神様」のような人が必ず一人くらいいて、絶対に見落とさない、という矜持を持っていたものだ。そういった影が消えてしまったのか。

 ジャーナリズムの現場全体の、基礎的な劣化は否めない、というのが現実ではある。
 マスコミ全体にいえることだろう。
 テレビにいたっては、間違いの垂れ流しのようなところさえある。間違ったことを放送してはいけない、とは、誰も考えていないようにさえみえる。

 誤植そのものは、責めることではない、と思う。
 だいたい、人のことはいえたものではなくて、こちらも、かつて活字になってしまった仕事の中に、いくつも苦い記録が残っている。
 ただ、二週間、誰も気がつかないでいた、というのはねえ。

 こういった、発信に対する責任感の希薄化、というのは、じつは、インターネットの普及が大きく影響している、と思っている。

 インターネットの情報は、大半がフリーペーパーみたいなものである。
 ご自由にお持ち帰りくください、というスタイル。

 現実社会のフリーペーパーは、なんらかのかたちで、有料での情報発信経験の実務経験者がかかわっている場合が多いから、これまでに形成されてきたルールや、一定のセオリーが生かされている。無料であっても、読者のかわりに、スポンサーへの責任が、最低限のクオリティへのボーダーラインを引いている。
 たまに、まったくの未経験者が見よう見まねで始めた雑誌なんかで、有料でも、発行日も号数もなかったりするようなものがあるけれど、ああいうのは、すぐに消えてしまう例外のようです(笑)。

 だけど、ネット上のフリー情報は、意識して残さない限り、どんどん更新されることもあり、少々まちがっていようが、おかしな内容であろうが、よほどの専門的なコンテンツ制作者、つまりプロの編集者や書き手以外は気にもとめない。

 初期の百円ショップみたいなものである。
 ダイソーさんなんて、最初は、商品の注意書きに堂々と、百円という低価格で売るものだから、商品が多少粗悪でもがまんしてください、といったようなことを記していた。
 さすがに今ではそんなことは言えない。

 ネットの世界も似たようなものだ。
 情報も、ネットだから簡単に、費用もかからず手に入る、だから、安かろう悪かろう、という暗黙の了解は少なからずある。おかしなものをつかんでも、それはたまたま運が悪かっただけのことですよ、発展途上だからしかたないでしょう、責任はあなた自身にありますよ、という暗黙の「ネット世論」の了解のようなものがある。
 だからなのか、ネットで公開されているホームページには、大企業でさえ電話番号がなかったり、ネットベンチャーの会社案内では「住所」がURLだけになっていたりする。
 電話がかかってくる、というような、過去の遺物「モルタル」のリアル社会との接点によるリスク、つまり社会的責任を極力回避しようとしているのだ。

 従来のマスコミが、ネット上の情報発信との競合に引き込まれ、安売り競争にさらされる中で品質を落としてしまうのは、一時期における必然だと思う。

 発展途上のネット情報は、いずれ、もっと「洗練」されていくだろう。

 マスコミの出発点は「口コミ」ではないか。
 人の噂や急ぎの口伝えは、日々の生活の防衛本能のようなものである。「人の口に戸は立てられない」そこに最初のビジネスモデルをつくったのが、「かわら版」だろう。

 かわら版の二次的整理をして、その正論を求めようとしたのがジャーナリズムの始まりといえるのではないか。
 現代のマスコミの発信は、基本的に二次的な整理、加工がされている。当然、加工した人物の主観や配慮といったワンクッションが置かれる。それが、いい場合も、よくない場合もある。

 北アフリカの政変で役割を果たしたインターネットの機能は、二次情報ではなく、一次情報だった。
 「集まれ」「こうする」「気をつけろ」そんな「伝達」だったはずだ。
 いわば、「のろし」を焚いて戦闘態勢を報せるような、シンプルな伝達機能が、世界を動かすほどの役割を果たし、逆に、自らはずっと、そういった機能を持とうとしてきたはずの、世界のマスコミ的ジャーナリズムが、じつは現状維持に手を貸しているだけだった、という皮肉なパラドックスが、そこにはあったのではないか。

 もっとも、インターネット・ジャーナリズム?! が、これから成熟して「洗練」され、二次情報で埋め尽くされていけば、同じ道をたどることになる。
 ネットの最大の利点は、コストをかけずに発信ができる、というシステムがつくられたこと。そこに、紙や電波といった旧来の「媒体」とまったく違う可能性が生まれたのだけれど、一方で、旧世代媒体をはるかに超える膨大な「ゴミ」の山も含むことになった。

 一次情報にはふれやすい。だから、強権国家、独裁国家では、検閲を強化して、人の口に戸を立てようとする。
 一方、「民主的な国家」でも、まだまだネットの利点は、粗雑であっても一次情報にあり、価値のある二次情報は、なかなか探しにくい。

 まあ、いずれにしても、最終的には、自分自身のあり方がためされる、ということでもあるし、これは、今までの媒体でも同じことだけれど、原点に帰って、無条件に信用してはいけない、ということでしょうね。
 誤植かな? という疑いの目を信じましょう。(笑)
   
posted by Office KONDO at 06:23| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回の記事と関係なくてすみません。

突然失礼いたします。
ネットスーパーで買物しながら商品についてWEBで調べ物をしていて、市販のパン製造に使われている「臭素酸カリウム」という添加物のことを初めて知りました。えっ!て感じで色々検索を進めているうちに、以前話題にされていたこちらのページに行き当たりました。(09年3月6日分)

臭素酸カリウムにも驚きましたが、安全性に不安のある物質をへっちゃらでガンガン使っている悪徳業者のような有りようのヤマザキに驚きました。

今や『天下のヤマザキ』ですが、実は私の住んでいる土地の小さな一軒のパン屋さんから始まった会社らしく、地元の誇りみたいな気持もあったので少しショックでした。もちろん随分たくさん食べてますし...

京都はんそく通信さんの小気味の良いウィットに富んだ文章に惹かれ、次に「間違いファクスから、みえること。」のページを読ませてもらい、笑い、ハマってしまいました。

痛快とか、溜飲が下がるとかのスッキリ感なんですが、思わず笑わされてしまう筆力に脱帽です。

お気に入りに登録してちょくちょく覗かせていただきます。

そうそう、上記の援農ボランティアの誤植記事に関連して...
多分同じニュースソースを扱っているテレビを見たんですが、「ボラバイト」って知ってますか?から始まる内容でしたよ。新しい形のアルバイトですって。

「ボラバイト??(ボランティア+アルバイト)
そんな言葉が出来たの?でも仕事の内容は前からあったでしょう。」と思いながら見ていました。
誤植じゃないけれど似てますね。

楽しみが増えました。あっ私50代の女性です。

Posted by さらりん at 2011年02月20日 22:18
さらりんさん、コメントありがとうございました。

はんそく通信子は、ボロクソ非難でも元気が出るへそまがりくんですが、やっぱり、共感コメントは、もっと、うんと元気が出ます。
それに、過去記事を読んでいただくのは冥利につきます。

ヤマザキさん出身地ということは、たしか千葉県だったでしょうか。ピーナッツのおいしいところですよね。
ヤマザキパンに恨みはありませんが(笑)、あのブログよりずいぶん前に、臭素酸カリウムの使用について、日経産業新聞が報道していて、ずっと気になっていたもので、あのTVCMにひっかかってしまいました。
ほかの製パンメーカーがいい、というわけでもないのですが、あれだけ開き直られると、やっぱりいささかの抵抗があります。だけど、ことに最近、スーパーやコンビニでパンを買おうとすると、売場に並んでいるのは、八割くらいがヤマザキ、という感じ。マージンがいいのでしょうか、ちょっと不安を感じてしまいます。

ボラバイト! そういえば、前にテレビニュースのトピックスみたいなところで聞いたような気が……。漠然としか理解していなかったので、お恥ずかしながら、とりあえず、あらためて定義をウィキペディアに求めてみました。……まあ、そういうことなんですよね(笑)。
きっと、消えていくか、あるいは、いつか問題が起きて違う表現になる呼び方のような気がします。
たしかに、もともとあったような、実態としてどこまで普及しているのかわかりませんが、こういう言葉が公式のようになると、本人が主体的、という名のもとで、体のいい低賃金労働として利用される例が出そうなパターンですよね。
単にアゴとヤド付きで無償労働、つまり、アシ代と労働力を自分持ち、であるならば、ボランティアとしてわかりやすいのでしょうけれど。

インターネットは、新しいコミュニケーションの世界をひらいてくれました。
話が長い、くどいと、身内からの非難も多い(笑)ブログですが(謝)、どうぞ懲りずにのぞいて、忌憚のないコメントをしてください。励みになります。まずは感謝とともに。
Posted by はんそく通信子 at 2011年02月21日 18:17
学識経験者ほどのアホはいない、
ジャーナリスト、マスコミ関係者も右に同じ、
というのはもはや世間の常識。
この程度のこと気にしていたら神経安まりませんよ。

それと奴らはゼニの亡者だから。
NZの地震報道、あれだけ不安感を煽って、
春には地震保険のCMや新聞広告がワンサカだったり
Posted by ゑんま大王 at 2011年02月25日 14:41
ヤマザキも捨てたものではありません。

何日おいても腐らないし、
一般には手に入りにくい薬品を、パンを買うだけでいくつも手軽に手に入れられる

災害用の非常食にすれば、定期的に取り替える必要もなし
Posted by 毒素のデパート at 2011年02月25日 14:47
ふむふむ、いいなあ。盛り上がってきましたね(笑)。
通信子より、もっとへそまがりさんがいっぱいいるのが、ネットのいいところです。
Posted by はんそく通信子 at 2011年02月25日 22:54
そうですね。
みんな評論家ごっこして盛り上がりましょう。
マスメディアで発言できない小者同士の代償行為。
せめてコメントを返してもらえるだけでも、ありがたや、ありがたや
Posted by ゑんま大王 at 2011年02月26日 10:39
マスメディアでも、ほんとうに言いたいことが言える「評論家」さんは、わずかでしょう。大口スポンサーの機嫌をそこねたら、たちまち干される。
規制する権限が、暗黙のうちに誰かに与えられているからです。

ネットは、今のところまだ、突出したマスメディアがないから、その「みんなで評論家ごっこ」がフラットに成り立っているのじゃないかなあ。
代償行為、の潜在力は、チュニジアの政変や、中国共産党政府の必死の削除が物語っているような気がしますね。
Posted by はんそく通信子 at 2011年02月26日 14:44
大手メディアから執筆の依頼がきたら、断れるブロガーは、はたしてどれくらいいるのだろうか?
オファー欲しさにせっせ、せっせが関の山。
毅然と断れてこそ、初めて輝くご返答
Posted by ゑんま大王 at 2011年02月26日 21:30
大手メディアから執筆の依頼がきたら、断れるブロガーは、はたしてどれくらいいるのだろうか?
オファー欲しさにせっせ、せっせが関の山。
毅然と断れてこそ、初めて輝くご返答
Posted by イエス・キリスト at 2011年02月26日 21:31
大手メディアを差別しては気の毒なので(笑)、メジャーでもマイナーでも、受注はするでしょうね。ただ、それが掲載になるかどうか、とか、次があるかどうか、は、ビミョーなところでは?

かつて、地方自治体からの原稿依頼で、何度も修正依頼があって、ようやくあとで考えたら、国の批判をしていたから、ということはありましたね。で、嘱託の役務は降りることになりましたけれど。

でも、テレビのコメンテーターのようなギャラだと、何かと自分に言い訳しながら、妥協をはかるだろうなあ(笑)。
Posted by はんそく通信子 at 2011年02月27日 13:16
そういえば、昔、凡才の雑誌に、こういうボクがいたな
Posted by かつての死語と仲間 at 2011年03月04日 21:09
はいはい、誰も天才とは言いません。(笑)
お答えの続きはこちらで↓
http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/188133868.html#comment
Posted by はんそく通信子 at 2011年03月05日 04:00
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