2009年12月18日

ジャーナリズム研究?! 新聞の危機?

旧暦十一月三日 丁酉(ひのととり)

 「 紙面の信頼喪失 強い危機感 」
 こんな見出しで、新聞に、新聞についての記事が載っていた。

 在阪の各社新聞記者による「ジャーナリズム研究関西の会」という集まりがあるらしい。検索しても情報が出てこないから、対外的な活動は、ほとんどないのだろう。
 おおげさな名称のわりに、よくある話として、案外、ただの飲み会に近いものなのかもしれない(笑)。

 その60周年記念の催しとして「 いま新聞が問われているもの 3紙編集局長と語る 」というシンポジウムが開かれた、という記事。
 在阪、というと、在大阪、と思ってしまうのだけれど、神戸新聞の編集局長と、毎日新聞、朝日新聞の各大阪編集局長がパネリストを務めた、とあった。
 サンケイさんや読売さんは、一緒にやれなかったのかな。
 記事が載っていたのは京都新聞である。神戸新聞と京都新聞は提携しているはずだし、「関西」の会、という団体名だけれど、みんな、参加していないのだろうか。

 すみません、あいかわらず、重箱の隅をつついてしまって(笑)。

 ジャーナリズムの先頭に立つはずの新聞で、現場のブンヤさんや、指揮官である局長が、今、どんな意識で社会と向き合っているのか、そこには強い関心がある。事前に知っていて時間があれば聴きに行ってみたかったとも思うが、内輪の集まりで公開はしていなかったのかもしれない。
 さて、会場は、どこまで熱気にあふれていたのだろう。

 パネリストの所属三紙の紙面では、ひょっとして要約くらい載せたのかもしれないが、どれも購読していない。新聞社自体が催したわけではないから、新聞週間のなんとか、みたいに紙面を割くことは、もちろんないだろう。
 いずれにせよ、新聞紙上で、すべての議論内容を載せるようなことは無理だろうし、本気で「将来の新聞の在り方を議論」したのなら、その全文をインターネットで公開してもよかったのではないか。
 ネットなら、それができるし、印刷媒体と違って、簡単である。
 10日に開催されて、この記事が15日だったから、それまでに速報くらいは可能だけれど、まったく気配はない。

 ということは、身のまわりで活用できる媒体の特色を理解して利用するという発想はなく、使いこなせてもいない、ということと、もうひとつには、その気がない、ということが想像できる。
 つまり、テーマがおおげさに啖呵をきっているわりには、本気でなんとかしたいと考えたわけではなく、「 危機感を持っている、という自分たちの知性 」への自己満足にすぎない、ということなのだ。

 記事によると、
・・・ 「記事にわかりやすい日本語を使ってこなかった」(毎日) 「コラムをはじめ、小難しい書き方が『どの新聞も同じ』『えらそう』などのイメージになっている」(神戸)との率直な反省もあった。・・・
らしいが、そんなことよりも、ただ、「記事を書く」という仕事をしているだけで、伝えようという意識、なぜ伝えなければならないか、という、まさに「ジャーナリズム」がないことに問題があるだけなのではないのか。ルーチンワークで書かれた記事に、読者は魅力を感じない。

・・・「家族や職場でも他人との関係が希薄な『私民』増加が新聞離れを加速している」(毎日)といった分析・・・
と、読み手のせいにしているけれど、媒体環境の変化の中で、むしろ、新聞の側が、その『私民』と呼んで、さげすんでいる、「市民」から離れていっているのである。

 「『えらそう』などのイメージになっている」と言っているのは、まさに、そのとおりである(笑)。
 若い記者さんたちは、あまりそんなことはなくなっているが、年輩のブンヤさんは、だいたい、アクが強くてえらそうである。
 だけど、それはそれでいいと思う。それだけの仕事をすればいいのだ。だいいち、ヤクザや警察や政治家を相手に、いちいち腰が低くて、取材なんかできるわけがない。
 ただし、新聞社だからと、社名の看板をかさにきて、えらそうにする記者は、最低である。

・・・「女性記者も増え、一部に負担が集中しないよう記者のライフサイクルを見直している」(朝日)などの実例を・・・
なんて、ますますサラリーマン化するようなことを、強調しているのですねえ。
 ジャーナリストに残業もへったくれもないでしょう。
 新聞「休刊日」には、配達スタッフの負担を減らす、という理由がかろうじてあるけれど、記者稼業にライフサイクルなどとは笑わせる。

 以前、テレビ東京のワールドビジネスサテライトで、元アエラの編集長さんだったと思う、過労で病気を経て、仕事と心中する気はないと、早くしてリタイア、田舎で自給自足的な農業中心だったか、生活を変えてゆったり暮らしている、というような話が紹介されていた。
 あれには、腹が立った。
 ジャーナリストだったら、仕事と心中しろよ(怒)。
ロハスでもなんでもいいけれど、何を、のどかに自分を愛しているのか。それなら、最初からジャーナリストになるな、と思ってしまう(激)。

 いやいや、冷静に、シンポジウム記事に戻りましょう。その末尾は、
・・・ このほか毎日新聞の共同通信加盟、記者クラブ制度や若手記者像など話題は多岐に渡った。・・・
と、おさめてあった。
 さらっ、と、まとめてしまってあるけれど(笑)、最大のテーマ「記者クラブ」については、どんな「反省」が出たのでしょう。

 「記者クラブ」は、少なくとも「ジャーナリズム」を育てる役には立たないだろう。
 もちろん、皆が皆ではないとしても、今の新聞記者さんの最大の欠陥は、記者クラブをあたりまえ、と思ってしまっているところにある。

 横並びで記事をつくる。
 みずから、情報のウラをとらない。

 ここのところが、本当に変われば、
・・・共通していたのは紙面への信頼が失われているのではないかとの危機感・・・
など、いちいち心配する必要はなくなる。

 繰り返してしまうけれど、このシンポジウムに、いったいどれだけの、ほんとうの危機感があったのか、と考えさせられる。
 「危機感を持っている」と、テーマを主張することで、一定の役割を果たしたような満足感に陥ることが「知識人」にとっての常道、そう思えてならない。
 そこのところにこそ、最大の危機があると思うのだけれど。
   
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2009年12月11日

技術力と新分野参入リスク。

旧暦十月二十五日 庚寅(かのえとら)

 大学のキャンパスを歩いていると、松田聖子をみかけて、あれっ、聖子チャンだ、と思ったら、向こうから中島みゆきが、こちらに手を振っている。おや、たしか面識はないぞ、と思っていたら、みゆきさんは、後ろの聖子チャンに手を振っていたのであって、二人で、やあやあ、という感じだった。
 じつは、結構、かなしい夢を見ていたような気がするのだけれど、こんな挿入シーンがあって、カタルシスは消化不良で目が覚めた。
 だから、「ハリーさん」のTVコマーシャル、やめてよ(笑)。

 ハリーさんのシリーズは、アスタリフトという新ブランド化粧品のコマーシャル。
 歌姫が二人競演、と、話題になっているCMなのだそうだ。
 歌姫二人、というには、ちょっと、みゆきさんに較べて聖子ちゃんはどうかな、という気になるけれど、まあ、テレビ界のみなさんの感覚だから、無視しておきましょう(笑)。

 富士フイルムが、なんと、化粧品に手を染めた、というのは意外だけれど、技術的には理にかなったものらしい。
 今やカメラは、ほとんどがデジタルにとって代わられたが、ついこの間まではフィルムがあたりまえだった。アナログ式のカメラのことを、カメラマンや業界の人たちが「銀塩」とか「銀塩カメラ」と呼ぶのは、フィルムに「ハロゲン化銀」という銀化合物を使っていることからきている。フィルムの場合は、光にあたったところの化合物粒子が変化し、それを薬品反応させることで現像しているわけだ。
 フィルムメーカーとしては、性能向上のための研究開発が常に必要で、化合物についても膨大なライブラリーがあったようだし、粒子、を自在に処理するために、ナノテクは不可欠だった。
 化粧品にからむ、乳化技術や微粒子の扱いに長けていたわけで、それに、色表現のエキスパートでもあった。

 アスタリフト、というブランド名の由来は、アスタキサンチンからきているらしい。アスタキサンチンというのは、抗酸化作用が強力で、メーカーによると「コエンザイムQ10の約1000倍という、非常に高い活性酸素の消去能」を持っているのだそうだ。
 で、これが、ご存じコラーゲンを安定的に皮膚の奥まで浸透させる役割を果たす、ということであるらしいけれど、さらに詳しく知りたいかたは、富士フイルムのホームページでも見てください(笑)。

 びっくりするほど吸収する、という実感が、ネット上で語られていたりして、評判は悪くないようだが、さて、「富士フィルム」という社名のイメージを打ち消して、「アスタリフト」で通用するようにブランディングできるまでに、利益が広告費に追いつけるかどうか、というところでしょうね。
 もう、ふたたび「銀塩フィルム」が過去のように消費されることは、あり得ないだろうから、富士フィルムさんも必死だろう。

 どんどん浸透する、というのは、人の皮膚にとっては、未経験のことかもしれない。
 ふつう、透過できない物質を、ナノテクで微粒子化して、奥まで浸み込ませていく、というプロセスは、まあ、悪い物質ではないからいい、ということではあるのだろうけれど、未体験の皮下細胞に、副作用的なこと、などへの心配はないのだろうか。
 せっかくの新製品に横やりを入れるようですみません(笑)。

 ただ、つい、何にでも、そんなふうに余計な心配をしてしまうのは、花王のエコナ、のつまづきがあるから。
 ご存じのように、花王の「エコナ」は、からだに脂肪がつきにくい食用油として、1998年に「特定保健用食品」の表示許可を取得し、翌年、クッキングオイルを売り出したところ、これが大ヒット。シェアナンバーワンに成長して、一連のシリーズで年間約200億円を売り上げていた。

 今年の3月、ドイツの研究機関で、粉ミルクに使う植物油脂に、体内で発ガン性物質のグリシドールへと分解される可能性のある「グリシドール脂肪酸エステル」という成分が含まれていることが指摘されたらしい。
 その情報を受けて、日本でも論議され始めたようだが、6月に厚生労働省が花王に対して( エコナについてでしょうね )成分の問い合わせをし、花王が該当成分の含有を確認して報告している。
 9月には厚労省がふたたび「補足資料」の提出を求めている。それが8日で、14日に回答が出され、その二日後の16日には、花王が自主的に販売・出荷の一時停止を決めた。

 この間、8月の末に衆院選で民主党が圧勝して連立政権が発足し、福島瑞穂さんが「消費者及び食品安全担当大臣」になっている。5月の法案成立によって、9月1日に発足したばかりの消費者庁にも、福島大臣にも、「成果」をあげる絶好のチャンスが目の前にころがっていた。
 やる気まんまん、の行政サイドの姿勢をみてとった花王さんは、あわてて出荷停止をした、というところだろう。
 花王さんの対応は、まわりの顔色をうかがいながら(笑)、だったとはいえ、早かったと思うし、いさぎのよいほうではなかったかと思う。
 それでも、出荷停止発表の翌日から、花王の消費者応答センターでは問い合わせの電話が鳴りやまず、パンク状態になった、という。(日経MJ10/12)
 10月8日には、「特保」の返上を発表した。

 グリシドール脂肪酸エステルが、実際に発ガン性があるかどうかは、まだよくわかっていないところもあるらしい。
 そういった点では、臭素酸カリウムのヤマザキパンなどのほうが、よほど悪質な確信犯だと思えるし、それを認可している厚労省もおかしい。
( http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/115205868.html )

 トクホ、は一時取得ブームのようなところもあった。以前、友人がレクチャーしてくれたことがあるけれど、準備には億単位の費用がかかり、認定を得るためにも、たいへんな時間がかかるらしい。
 そんなに時間をかけて認可したくせに、厚労省は何を調べていたの? と、不思議な話でもある。

 まあ、もともと、エコナを使えば天ぷらを食っても脂肪がつかない、なんて聞かされて、それは、単に消化不良をおこして腸で吸収できないだけだろう、と思っていたから、おなかが頑強でない人種としては(笑)、かつて贈答でもらったエコナも、カミさんに使わないように頼んでいた。(贈っていただいたかたスミマセン!)
 でも、おそらく、エコナの「効用」は、そういうしくみだと思う。

 化学者のかたがたは、科学的態度として、冷たいくらいに客観的に突き放した見方をする(笑)。
 オイルメーカーの仕事をしていたことがあるけれど、「天ぷらは潤滑油で揚げると、白くきれいに揚がる」とか、「工作油で揚げるとカラッとしている」みたいなことを、エンジニアのみなさんは、平然とおっしゃる。ちょっと組み合わせの記憶が違っているかもしれませんが、似たようなものだったと思います(笑)。
 友人の薬学者も、「あ、それは、コンマ○○ppm以下だから、発ガン性なんて大丈夫」と、いたって冷静である。

 でも、文系の人間としては(笑)、人には個性があるから、反応の基準点が違うのじゃないかな、と、ついつい不安を持ってしまう。

 花王は、もともと石鹸や洗剤を中心とした日用品メーカーから、技術を活かして食品に参入。食用油でトップシェアを奪った。
 富士フィルムは、写真フィルムの印象が強いが、カメラ、OA機器なども手がけてきて、ウィキペディアによると「精密化学メーカー」となっている。そこから、やはり技術を活かして化粧品に参入した。

 技術力があるほど、過信も生まれやすい。
 化粧品も、化合物である以上、リスクは必ずある。
 昔の「おしろい」に鉛が含まれていたり、さらに古くは「紅」に水銀が含まれていたりしたように、その時代の最新の「美」は、ときにあやうい。
 きれいになりたい、とか、たらふく食っても太りたくない、とか、人間の欲求は、いつも、あやうさを呑み込んでふくらむ。

 化粧も、いわば表層整形、といったようなものなんだから、なくてもいいのにね、とは思う。
 とはいえ、ふだん街角で、あ、きれいなおねえさん、と目を惹かれるときには、きっとお化粧も効いているのだろうなあ、と考えると、なんだか妙な連帯責任を感じてしまうのですねえ。
   
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2009年12月08日

日米開戦から、68年。

旧暦十月二十二日 丁亥(ひのとい)

 「 贅沢は素敵だ 」

 どこかで聞いたことがあるはずの、結構知られたフレーズ。
 今も、こんなふうに言ったら、叱られるかもしれない。
 このフレーズの、もとは、

 「 贅沢は敵だ 」ですね。

 そう、「戦時中」のスローガン。
 「 贅沢は敵だ 」の、「は」と「敵」の間に、フキダシをくっつけて「素」を入れたパロデイマンガが、ずっと以前に何かに載っていた。『広告批評』あたりの戦争特集だっただろうか…、いずれにしても、広告を扱った本だったことは確か。
 戦争中に、街角に張り出された、こんなスローガンに、実際に、そんなイタズラをしたのだとしたら、センスとともに、相当な勇気が要ったでしょうね。
 今の北朝鮮で、そういうことができるかどうかと考えてみれば、どうなるかが想像できる。
 捕まって、うっかりすれば、生きて帰ってこられない。
 日本にも、そういう時代があった。

 もうひとつ、これも、見たことのあるスローガン。

 「 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ 」
 
 足りぬ足りぬは…、だっただろうか、時代の文語からいっても、確か、足らぬ足らぬは…だったはずだと思うけれど、こちらも、格好のパロディ材料となった。

 「 足らぬ足らぬは夫が足らぬ 」

 こちらは、工夫の「工」の文字の上に×ですね。バッテンで消して、「工夫」を「夫」にしてしまった。
 戦争で、成人男子はみんな、戦地へ連れていかれて、どこの家に行っても女ばかりだという皮肉。
 いやー、いいなあ。こういう命がけのパロディ(笑)。

 漢字を、ひと文字、足したり、消したり。
 たったそれだけで、権力のくだらなさを、一気に笑い飛ばしてしまう。
 ひと文字で、フレーズの意図した目的を正反対にひっくり返してしまうばかりでなく、そこに、人々の本音、時代の空気を、一気に流し込んでいるセンス。
 コピーライターの鑑です(笑)。

 おそらく「 鬼畜米英 」一色に染まっていた時代の中に、そういうバイタリティのある、やわらかな精神が生きていたというのは、ちょっと嬉しく、痛快である。

 今日は、パールハーバー、真珠湾奇襲の日。
 この日の開戦が無かったら、8月15日の、敗戦の日も無かった。

 『 広告の中のニッポン 』(中田節子著/ダイヤモンド社)によると、昭和14年の流行語は「 産めよ殖やせよ国のため 」だった。その翌15年には、ぜいたく品の製造販売制限規則が公布された。
 そして、昭和16年12月8日、「大本営陸海軍部発表、帝国陸海軍は今八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」の放送で、国民は、いよいよ開戦、を知る。

 戦争に突入してから68年、「 欲しがりません勝つまでは 」と言ったものの、そのまま、とうとう勝つことはなかった。勝つどころか無惨に敗れたわけだけれど、その後、日本人は、多くのものを欲しがるようになり、素敵な贅沢ができる人たちも増えた。

 学校では「現代史」は、ほとんど無視されたり、避けられたりしている。
 きちんとした事実を伝えることを嫌う人たちが、教育に干渉してきたということも理由のひとつだろう。
 敗戦の日と較べて、開戦の日は、いつも地味な扱いだけれど、つい、このあいだまで、日本では、やたら威勢よく、よその国と戦争をしたがる人たちが、詭弁と群集心理で国をリードしていたことを、忘れてはならない。
   
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2009年12月02日

春秋の争い

旧暦十月十六日 辛巳(かのとみ)

 今夜は、今年、最後の満月。
 次の満月は、もう、元旦です。( うっ… )
 いやはや、また、まもなく一年が終わると思うと、毎年のことながら、どっ、と、反省がのしかかってきます(悔)。

 12月に入ったとはいえ、旧暦では十月中旬。
 「天文学上の四季」では、冬至が来るまで秋だそうだ。今年の冬至は12月22日。
 旧暦では、四季の区分に、「月切り」と「節切り」とふたつの分け方があるそうで、月切りでは、旧暦十月〜十二月が冬なので、11月17日からすでに冬に入り、節切りでは、立冬から立春の前日までが冬なので、もっと早く11月7日から冬となっている。
 京都での実感としては、まだ、ようやく、冬が近づいてきたのかな、というくらいですね。

 11月の22日、23日、これも今年最後の「連休」が過ぎたら、観光客は一気に減って、道路もすいすい流れるかと思ったら、そうでもなかった。
 街なかも、乗り物も、意外と人が多く、外国人らしい人たちも含めて、京都の秋をたのしみたい、といった期待が感じられる。

 もっとも、秋に訪れてくれる、京都フアンのみなさんには、ここ数年、じつに申し訳なく思うばかりだ。
 春の桜と違って、秋の紅葉は楽しめる期間も長い。だから、本来は、京都を満喫しにおいでよ、と、誘いやすいはずなのだけれど、肝心の紅葉が、いまひとつ鮮やかさに欠ける、というのが、もう毎年、あたりまえになってしまった。
 あきらかに、温暖化の影響、でしょうね。

 かつて、植物系雑誌の編集をしていた時があり、あちこちに出張したが、ことに、東北に行くと、山間の紅葉は見事だった。ナナカマドやウルシなんかの鮮やかな朱、赤が混じるということもあるけれど、なんだか、やっぱり、空気の清澄さ、というか、濁りのない発色の鮮やかさ、それに、なんといっても、朝夕の冷え込みのぴりっ、とした緊張感が、そのまま、冬を迎える樹々の葉に浸みているような感じがあって、おお、これが日本のヴィヴィッド・カラーだ、みたいな感動があった。

 かつては、おそらく、あれくらいの鮮やかな紅葉が、京の都の周辺でもみられたのではないかなと思う。
 京都の紅葉の魅力は、松の緑と紅葉が入り交じるところにあるという。だけど、松はどんどん枯れたり切られたりして減り、紅葉はくすむ一方で、「錦秋の都」はみるかげもない。

 春や秋、といえば、王朝時代からの日本の文学的伝統として、「春秋の争い」あるいは「春秋の定め」という、趣向というか、遊び心が伝えられている。
 西村亨著『王朝びとの四季』(講談社学術文庫)によると、

 王朝の貴族たちは、その身につけるべき教養として、四季おりおりの自然の情趣を理解し、それにふさわしい応接をすることができなければならなかった。そういう自然を理解する能力のあるなしを、当時のことばで「心あり」「心なし」と言っている。

とあって、この「心あり」「心なし」という基準が、王朝人にとって何よりも大切な心得であった、すぐれた和歌を詠む、ための能力として、たいへん重視されたこと、そして、これが、やがて「有心」「無心」あるいは「幽玄」となり、「わび」「さび」につながっていく、といった、美意識の歴史にふれている。

 この話の導入には、『更級日記』の、唯一の恋の話、という部分が引用されていて、そこでの、源資通(みなもとのすけみち)と、日記の著者、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)とのやりとりに、春秋の争い、が下敷きになっていることが述べられている。
 引用していると長くなるのでやめますが、それは、ちょっぴり、はかない、恋の物語。うーん、わかる、その感じ。もうちょっと、その気で情熱があれば、という、はがゆいお話。
 高校生の頃に戻って、『更級日記』を読み返してみてください(笑)。

 で、古来、日本では、伝統的に、春がいい、いや、秋のほうがいい、と、争うことを愉しんでいたらしいのですね。
 それは「歌合せ」と呼ばれる、歌会でのこと。
 天皇を前に、臣下たちが、春と秋の二手に分かれて、それぞれの側から、春がこんなにすぐれているぞ、とか、いいや、秋こそこれほどいいじゃないか、といった和歌を詠み合い、優劣を競う、といった、のどかで風雅な、「文学遊戯」(『平安時代の文学と生活V・平安時代の信仰と生活』至文堂)として催されていた。

 どんな雰囲気だったのでしょうねえ。
 少なくとも、近頃たまにニューストピックで見る「詩のボクシング」みたいに、怒鳴ったり叫んでいる感じでは、なかったでしょう。
 「詩のボクシング」は、一度「リングサイド」で聞いてみたいけれど、「叫びたい気持ち」は、ただ叫んだって伝わらない、と、いつも思う。ひたすら叫ぶのは、ただやかましいだけの、へたくそなロックのシャウトと似ている。心の底のすごみは、もっと、静かなものだ。

 で、現実に戻って、昨今の京都の春秋の争い、をみると、争いは互角にみえる。
 下世話ではあるけれど、平成20年の『京都市観光調査年報』によると、3月〜5月の月別観光客数をみると、1526万9千人。9月〜11月では1579万8千人となっている。中でも11月は、月別としてはダントツの679万3千人と、1カ月で7百万人近いけれど、春の三ヶ月と秋の三ヶ月でいえば、ここで、50数万人の差は、わずか、といえるだろう。
 あらためて数字をみると、すごいな、と思う。他府県で、うらやましい、と思うところも多いはずだ。

 だけど、考えてみると、11月の突出した多さは、逆に、ちょっと気になる。
 この月に観光に来てくれる人が多いのは、連休が二度ある、ということがあるものの、紅葉を期待して、という動機は、やっぱり大きいと思う。
 その紅葉が、万一、期待はずれ、であったなら、やがて、ホディブローのように効いてくるおそれは、充分にある。

 「景観」という点では、最近、少しずつ、行政がまっとうな道に向き始めてきた。だけど、街並みもさることながら、周辺の植生のあやうさにも、もう少し、長期的な目を向ける必要がありそうな気がする。
 一斉に咲き誇る、華やかな桜も、全国的に「高齢化」が危惧されているけれど、紅葉についても、このところの気候変動とあわせて、「景観」調整の取り組みを、今、行政が考えていかなければ、先行きの不安は大きいのではないか。

 気温は簡単には下がらない。温暖化の中で、松の緑も、紅葉の鮮やかさも、さてどうすれば美しくよみがえり、保てるのか。環境問題とともに、正面から知恵をしぼっていかなければならない課題のように感じる。
 春秋の争い、は、いずれ優劣つけがたい五分で競ってこそ、魅力あふれるはず、だと思うから。
   
タグ:観光 紅葉
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2009年11月19日

株式会社リコー。戦略? 戦術? どっちもない?

旧暦十月三日 戊辰(つちのえたつ)

 ピンポンとなって、狭い通路をかきわけながら、よいしょとドアを開けたら、スーツ姿のビジネスマンが二人。リコーの新任営業マンと、新任所長だった。

「あ、お時間、よろしいでしょうか」
 よろしくないけれど、アポなしでも、いきなり来たものを、帰れ、とは言えないし、しょうがないだろう(怒)。

 複写機は、ずっとリコーを「愛用」(笑)している。
 といっても、まだ二台目だけれど。

 会社を辞め、独立して仕事を始めた頃、最初は、近所にあった、仕事仲間でもある印刷屋さんでコピーをとらせてもらっていた。ノートを置いて、自己申告で記入して、月末精算でいい、というのどかな信頼関係。さらに、俗に言う「包丁」一回いくら、で裁断機も使えて、ずいぶん重宝させてもらった。
 その印刷所が倒産して(これにはいろいろ話があるけれど長くなる)、近所の文具店なんかでコピーしたりしていたけれど、先の印刷所のように夜中までは働いていない(笑)。
 コンビニのように、深夜の1時、2時にコピーをとれるところが、まだ、近くに無かった。
 しかたなく、思い切って複写機をリースすることにした。

 その前に、一度、パソコンのことかなんかで資料請求したか、問い合わせたか、で、リコーの営業マンが、わざわざ訪問してくれたことがある。
 その彼の印象が、たいへん良かったので、パソコンを買わなかった義理も感じて、複写機リースの声をかけたのだ。

 じつは、キャノンにも、一度問い合わせた。
 ところが、キャノンの京都営業所のお嬢さんは、電話で、「ウチはリースはやっておりません」と言った。
 やってないわけはないだろう、とあとで思ったけれど、まあ、そういうからにはしかたない。検討外である。
 あとから、「すみません、リースをやっています」と電話がかかってきたが、誰がそんなものいまさら、相手にするか、という感じですね(笑)。
 まあ、その頃、デザインスタジオ系は、ファクスもコピーもワープロも、大半がキャノンで、しょっちゅう故障するのを見ていたので、結果それでよかった。
 以来、リコーさんにお世話になってきた。

 かつては、みんなこぞって設備にもコストをかけたので、友人たちから訊かれたときは、リコーを紹介して、リコーの代理店と、リコーの営業所から1台ずつ入ったこともある。
 同様に、仕事先で、ずっとお世話になってきている人が独立企業した際、複合機のことを訊かれて、リコーさんを紹介した。
 ところが、こちらから直接、営業所の所長に連絡したにもかかわらず、すぐに訪問しなかったので、急いでいたその会社では、ゼロックスの機械をキャッシュで買ってしまった。
 まだバブルがはじけて間もない頃だったか、リコーには、それほど緊張感が無かったのだろう。
 すぐ手配します、と言った、こちらの顔は、まる潰れである。

 リコーさんも、組織は統合縮小が進み、最近では展示会もこじんまりとやっている。
 そんな中で、何年か前、ウチに来てぼやく営業マンに、この東山区なんて大きな企業もないけれど、古くからの工芸の街で、陶器や扇子をはじめ、美術工芸の職人さん、作家さんは多い。絵を描く仕事だし、資料も要るから、コピー、特に、カラーコピーは需要がないわけではない。だから、面倒でも、こまめに飛び込み訪問していけば、いずれ、契約につながるのではないか、とアドバイスしたことがある。

 まあ、ウチでは今はまだいらない、と言っているのに、なんとか買い換えを促進しようとする営業マンに、理にかなった営業を教えただけなのだけれど(笑)。
 そうすると、彼は、会社では、個人への新規リースはなるべく避けろ、という方針なのだ、と言う。
 信用収縮ですね。
 そりゃ、景気のいい時には、大きな会社に10台、20台と、それも上位機種を一括納入していられれば、ラクな商売だといえる。
 しかし、企業がみな、コスト削減をしているときに、個人は危ないから、みたいなことを( おそらく )考えるのは、金融機関が中小企業に貸し渋るようなものである。
 みずから、ビジネス収縮をおこしているのだ。
 リースなんて、どうせリース会社に貸借契約が移るのにね。

 その流れは、今も続いている。
 前任者から、担当が代わる、という話は聞いていながら、移動前に引き継ぎでは会えなかったのだけれど、わざわざ、新任担当者に所長さんが付いてきた理由がわかった。

 一応のご挨拶のあと、所長が出してきたのは、「ご案内」。
 今、使っている複合機はリースアップしてもう何年にもなるが、機種の発売からの年月が経って、そのパーツも、やがてもうすぐ生産停止になるため、保守契約を今すぐに打ち切るか、それとも、継続しても、修理にパーツが無かったら、その時点で、保守契約は無かったことにするか、どちらかを選んでハンコを押せ、という書類である。
 お互いの常識、に頼ったのでは、トラブルがおきる、という考え方。
 なんか、京都には、なじまへんなあ(笑)。

 こういう不景気でもあるから、当社でも(笑)、できるだけ経費はふやしたくない。だから、リースアップした機械( リースアップ後は、それまでの1カ月分のリース料で、1年間がまかなえる )に、なるべく長く頑張ってもらいたい、と思っているけれど、向こうは、古い機械のメンテなんて、効率がどんどん悪くなるものね。
 それに加えて、病院で手術をするときの念書みたいな意味もあるのだろう。
 なんだか、もう、真剣に治療してもらえないのじゃないか、みたいな気分になる。

 続いて出されたのは、毎月の「パフォーマンスチャージ」という基本料と消耗品の支払いを、銀行での自動引き落としにする契約書。
 何度か近距離で引っ越しを繰り返したため、その都度、手続きが鬱陶しいのと、自動振替で税金を間違って落とし続けられていた経験があるため、必要がなければ、わざわざ、相手の都合がいい自動振替などに、しないことにしていた。
 集金が面倒なら、コンビニ振り込みにすればいいじゃん。
 引き落とし用の通帳のハンコがどれだったか、また探さなければならない。

 チャージの基本料金だけだと 4千円を切る程度。わずかの金額だけれど、担当者は毎月、集金に来てくれていた。
 担当者が、面倒、と思うより、会社として、人件費がムダ、と考えるわけだけれど、はたして、ムダ、かどうか、というところである。
 毎月、顔を合わせていれば、展示会だとかなんだとかでも、来月来てよ、といわれれば、できれば、のぞいてあげようか、という気にもなるし、誰かが機械を必要としたら、当然、紹介することにもなる。基本的に、他社の情報には目がいかないでいた。

 だけど、今度、複合機が壊れたら、これで、各社平等(笑)ですね。
 客観的に、判断できる。

 リコーさんとしては、これまで主力だった複写機は、もう将来がないので、今は、コンピュータ中心のソリューション事業や、軽印刷機のようなものに軸足を移している。面倒な複写機メンテや、それも単機の利用者を相手にするのは、もうやめたい、というのが本音だろう。
 さっさと用事をすませた所長さんとは、こちらから出向きでもしない限り、会うのは、これが最初で最後になるのでしょう。

 基本的には、リコーさんサイドの、自己都合に基づいた話を、自分たちのスケジュールで言いにきたのである。
 客の側にはたっていない。あるいは、たった1台リースアップの機械を使っているだけの事務所は、客だとみなさないことに割り切った。ということだ。

 しかし、ことに、京都のような、千年の人間関係の歴史がつくった社会構造の中で、それを逆に活用しようという発想が、ずっと無く、今も無いのは、さて、これからのビジネスに、どうか。
 京都で暮らしたことのない人たちなら、いたしかたないかもしれないけれど、少なくとも、シンプルな合理化発想が、営業の足腰を強くすることにならないことだけは、確かだろうと思うのだけれど。
   
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2009年11月16日

錦市場を、夜は、飲み屋街に!

旧暦九月三十日 乙丑(きのとうし)

 先週末、錦市場を通り抜けようとしていたら、もう、ほとんどの店が、とっくに閉まっているはずなのに、やたらと人が多い。
 東洞院通りのアーケード入り口から入ったあたりで、人がおおぜい並んでいて、大売り出しの抽選会のようなことでもやっているのかと思ったら、何か、手書きで、チケット販売、のような文字がみえた。
 まるで、夕方の混雑時のような人混みをかきわけていくと、店のシャッターは閉まっているのに、あちこちで行列ができて、食べ物を売っている。焼き鳥、とり鍋……、ん? 学園祭の模擬店みたいに、みんな、ポリエチレンだかの使い捨ての白い器を手に、うまそうに食っている。

 何かイベントでもやっているの? と訊いたら、「 そうです!」と笑顔で答えてくれるものの、何のイベントだか、そこまでは返ってこない。
 こちらも急いでいたので、深入りせず、渋滞の人混みを避けて、別の道へと逃げたけれど、職業柄としては、やっぱり、何をやっているのか、ねほりはほり訊くべきでしたね(笑)。
 あとで、錦市場の公式ホームページを見てみたけれど、何の予定も載っていなかった。
 なんだったんだ?

 ウチの、のんべえに、その話をしたら、毎日やればいいのに、と言う。
 錦市場なんて、もう6時くらいになったら閉まって、ただの暗がりになってしまうし、もったいない。あれだけ、いい場所なのだから、店先を使うか、軒先を貸すかして、夜はみんな飲み屋にすればいい、というわけだ。

 これは一理ある。だいたい、どこの街に行っても、大きな商店街には、必ず並行している裏通りがあり、飲み屋街になっている。
 京都でも、河原町通りには、一方に木屋町や先斗町があり、反対側には、飲み屋街ではないが、寺町と新京極が、それぞれ並行している。
 ところが、四条通りにはない。

 錦市場の食材を利用して、店を閉めたあとは、屋台が並ぶようなノリで、気軽な飲み屋通りにすればいいのだ。
 だいたい、四条の商店街は、今どき、百貨店でさえ、8時頃まで開けていたりするのに、その、すぐ裏通りの好立地で、6時に閉めてしまう、ということは、商売放棄のようなものだ。嵐山のような、離れ小島の観光地でさえ、最近では、夜も灯りが点るようになってきている。

 商店街が、6時になったら閉めてしまう、という健全なスタイルは、かつて、ほうっておいても儲かった、という時代の名残りである。
 伏見の大手筋あたりの商店街でも、まあ、どこででもそうだけれど、やはり、6時頃になると店を閉めて、オヤジさんたちは、祇園あたりに遊びに出かけた。
 大晦日など、ものすごい人出にごった返して、商店は、元旦が明けてからでないと風呂にも行けない、といった時代は、それでよかったのだろう。
 時代が変わっても、オヤジさんたちの、その感覚は変わってこなかった。
 もう、そんなことは、通じない。

 だから、若い世代は、新しいことを次々と試みている。
 錦市場の、イベントらしきもの、も、おそらく、そのひとつだったのだろう。
 だけど、ホームページでPRも何もしていない、というのは、なんだかね。いささかもったいないという気がする。べつに、「 顧客 」だけを招待したイベントというふうにもみえなかった(笑)から、そのあたりが、もうひとつ、下手なところでしょうか。

 九月に、河原町通りを歩いたときには、三条と四条の間だけで、4軒のテナント募集があった。3軒は路面で1軒は2階。それ以外にも、工事中などの予定が示されずに、ふさがれているところが3軒、そして、差し押さえなのかな、と思える、公示書の掲示が1軒あった。
 河原町通りが、そういう状況になったことは、これまでに見たことがない。このエリアは、四条通りの烏丸から八坂神社石段下へまで続く、一連の商店街とクロスして、京都で唯一といってもいいような繁華街を形成している。かつて、テナント募集なんて、見ることを想像しなかった。

 アメリカでも、マンハッタンに空き店舗がたくさんできたが、そこに、ハロウィーン商戦に合わせた期間限定の専門ショップがオープンしている、と、以前、ニュースで伝えていた。
 河原町も、せめて、そういうことでもできないか、と思う。
 かつてバブルがはじけたときでも、四条通の空き地には、まさに、たちまち屋台ができるなど、長期間空きっぱなし、ということはなかったような記憶がある。

 話は戻って、まあ、表通りの都市型メインストリートの繁華街と、いわゆる商店街とでは事情が異なるが、だいたいにおいて、古くからの「商店街」は、どうしても、時代に遅れている。
 いろいろと愚痴を言いながらも、緊張感が薄いのだ。
 だいたい、今どき、6時に閉めていては、勤め帰りの人は買い物ができない。
 遅い晩メシのおかずも買えないし、散髪だってできない。本も、ボールペンも買えない。
 みんな、販売機会を放棄しているのである。かといって、昼間限定顧客で、遠くに買い物に行けないような近隣の高齢者を大切にしているか、といえば、そちらも、まだ、本気で取り組んでいるところは少なそうだ。

 錦市場は、どちらかといえば、地元の料理屋などのプロを中心に、ちょっと凝った食べ物や、こだわった食材を求める人たちを相手にしてきた。
 だけど、もう、すでに、それだけでは成り立たなくなってきているだろう。
 古い店が閉じて、そのあとに、「 食 」にかかわらない、ヘンな物販の店が混じって、「錦市場」というブランド価値を下げているのも問題といえる。

 錦市場を、夜には、気軽に行けるような、お手頃の飲み屋街にする、というのは、のんべえの勝手な発想だけれど、少なくとも、立地のいい場所の、その「 土地の生産性 」からみると、もっと、さまざまな工夫があってもいいような気はする。
   
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2009年11月13日

とっくに過ぎたけれど、お月見の話。

旧暦九月二十七日 壬戌(みずのえいぬ)

 本日、今年三度目、最後の「13日の金曜日」。でもって、大安吉日です(笑)。

 すっかり、あいだが空いてすみません。
 ご心配いただいたかた、ありがとうございます。いたって元気なのですが(笑)、いつまでたっても、時間の使い方が、上手になりません(嘆)。

 どうも、しまりのない時間に追われている中、もうずいぶん前ですが、先月の末には、まるまる半日、何の役にも立たないことばかり(笑)愉しんできて、いい週末がありました。

 その日はまず、午後、京都大学であった「 宇宙と物質の謎に迫る 」という市民講座を聴きました。「 マクロな量子現象 」「 ブラックホールと宇宙の進化 」「 宇宙暗黒物質の謎と未知の素粒子 」と盛りだくさんな三講義。
 いやあ、半分も理解できなかったけれど、面白かった。
 宇宙論は、子どものときから興味がある。
 ろくに数学も化学も勉強してこなかった浅学の徒には、話がこみ入って数式や化学式が出てきたりすると、もう、お手上げだけれども、ミクロとマクロの世界をつないで、論理的に体系付けながら、自分自身の存在の不思議を探るという、物理学の世界は、魅力的だ。

 高校時代からの友人と一緒に行ったもので、休憩時間に与太話を交わしているだけでも、くつろいだ時間が過ごせた。
 あ、念のために、京大は母校ではありません(笑)。

 そのあと、夜には、お月見の会があった。
 西賀茂に正伝寺という臨済宗のお寺があり、この本堂の広縁から見る、小堀遠州作といわれる「 獅子の子渡し 」の庭の向こうには、借景とする比叡山から月が昇る。
 たどり着いた時間が少し遅かったので、この日「 十四夜 」の月は、もうかなり高みに上がっていたが、なんとも、絶景だった。

 用意された松花堂弁当も、本堂から漏れる灯りだけの暗がりで食べるには惜しい美味。お酒は、シャンパン、日本酒、ワイン、焼酎……、こういう集まりでのお決まりとなる、持ち寄り銘酒の華やかなチャンポン(笑)。西条柿のデザートあり、薄茶のお手前ありで、贅沢な時間を過ごさせていただいた。
 いや、この準備の労をとって、お誘いいただいた、二人のYさんに感謝。

 この夜、愉しんだのは、「 のちの月 」の宴。
 年中行事本来の「 のちの月 」は、前夜の「 十三夜 」にあたる。
 いわゆる「 中秋の名月 」は、旧暦の八月十五日で「 芋名月 」と呼ばれ、「 十五夜 」の満月で、まんまるお月さま。同じく旧暦の、翌、九月十三日は「 栗名月 」「 豆名月 」と呼んで、「 十三夜 」の、まんまるになる少し手前、のお月さまである。
 中秋の名月に月を眺めて酒宴をもよおす、という風習は、中国から伝わったという。
 『 大漢語林 』には、中国の年中行事として紹介されている。

八月十五日〈 中秋節 〉
 中秋の明月( 「端正の月」 という)を賞しながら( 翫月 ガンゲツ・賞月 )、一家の団円、みなが欠けることなく集まることができるのを願った。この日に食べる月餅 ゲッペイ にも、この願いが込められている。

 ただし、その翌月に「 のちの月 」を愛でる、という風流は、どうやら日本独特のものらしい。中国にはなかったそうだ。
 でもって、日本的風流では、「 中秋の月 」と「 のちの月 」は、必ず両方見なさい、ということになった。どちらかだけしか見ないと「 片見月 」といってきらわれた。
 そこまでうるさく言わなくてもいいのに、とも思うけれど、このあたりが、日本の美学。花鳥風月、なのですね。

 その、のちの月、も、満月の十五夜ではなくて、十三夜。
 先に、完璧な真円の月を見ているから、翌月もまた、まんまる、では、何か芸がない。かといって、欠け始めでは、いまひとつ縁起もよくないし、あと少しで満ちる、といった十三夜の月を愛でるのが、情感もあってよいのではないか、と、考えたのでしょう。
 日本庭園でも、西洋庭園と違って、完全な対称配置って、まずあり得ないもんね。

 のちの月が十三夜に落ち着くまでにも、ひょっとしたら、あれこれ紆余曲折があったかもしれない。十四夜くらいがいい、とか、いや、十二夜くらいでないと違いが出ない、なんて。
 ちょっと飛躍しすぎるかもしれないけれど、そんなことを、おそらく最初に始めた王朝人たちの、「 くだらないこだわり 」を歴史背景に持つ京都だったからこそ、京都大学で物理学が進展して、湯川秀樹さん以来の伝統が根付いたのではないか、と、思ったりする。

 宇宙論も、月見も、日々の暮らしやビジネスに、何の役にも立たないからこそ、面白い。
 で、きっと、「 クリエイター 」には、それが大切なのです(笑)。
   
タグ:名月
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2009年10月23日

人材「教育」という洗脳。

霜降(そうこう) 旧暦九月六日 辛丑(かのとうし)

 二十四節気の「霜降」。
 このころ、はじめて霜が降りて、秋が終わる、という。
 KBS京都の女性アナウンサーが、天気予報を伝えながら、「しもふり」と呼んでいた。
 わざわざ、そう呼んだのかなあ(笑)。
 まあ、しもふり、とも読めるので、間違いというわけではないかもしれないけれど、ほかの二十四節気が、みんな、夏至(げし)とか、大寒(だいかん)などなど、音読みだから、やっぱり「そうこう」が自然でしょうねえ。
 ともあれ、次にやって来るのは、もう、11月7日の「立冬」です。

 このまえの日曜日だったか、晩メシを食べながら、つけっぱなしのテレビを、チャンネルサーフィンしていたら、なになに? 人材育成がどうのこうの、みたいな話をしていた。
 むむ、と、興味をひかれたので見ていたら、「接遇」のプロ、だとかいう、オバサンが出てきて、その人物による「人材教育」の様子を取材していた。
 テレビ局としては、画期的な接客のノウハウとでもいいたいのでしょうか、少しだけ見ていたけれど、気分が悪くなって、チャンネルを変えた。

 その後、どうも後味が悪くて、あれは何の番組だったのか、新聞を引っ張り出して、テレビ欄を見てみたら、どうやら「エチカの鏡」という番組だったようで、さらに、ネットで、番組の案内を見たら、そのオバサンは、平林都さんという、「エレガントマナースクール」(という会社?)の代表取締役、となっていた。

 いやいや、もう、めっちゃ、エレガントやったね(溜)。

 わずかしか見ていないので、正確さを欠くかもしれないが、確か、経営状態がよくない病院から依頼され、そこに乗り込んで、新たな人材募集を専業主婦に絞り、病院の受付というか、待合というか、そこで、患者さんを「接遇」するスタッフとして育てた。その結果、大きく、売上げ( とは言わないかな )が伸びた、という成功譚。

 現状の病院を考えた場合、まず、来院した人たちに気持ちよく待っていてもらえるように、気配りを尽くす、というのは、まさに、そうあるべきで、笑顔で快適な環境づくりに努力する、というのは、おおいに頷ける話である。

 しかし、画面で見せていた、その「教育」の様子は、不愉快そのものだった。
 指導を受けているスタッフが、「接遇」オバサンの意図を、きちんと理解していなかったり、少しでも意欲に欠けるとでもみると、いきなり、激しい罵声を浴びせるのである。
 それも、「おまえは、なにやっとんじゃい!」みたいな言い方で、およそ知っている限りでいちばん汚い関西弁である。
 関西のヤクザ屋さんが、人を脅すときでも、もうちょっと紳士的だろうな。

 かつて、「地獄の特訓」といった「人材教育」がはやった。今でも、おそらくやっているところはあるのだろう。
 地獄の特訓、のたぐいを受けたことはないので、詳細はわからないけれど、基本パターンとしては、徹底的に肉体を酷使させたり、睡眠時間をわずかしか与えなかったり、あるいは徹底的に罵るなど人格を否定ないし破壊して、意識を混濁させながら服従へと導き、そこに、目的遂行への忠誠心と、シンプルでわかりやすい営業規範のようなものを植え付けていく。要するに洗脳である。

 軍隊がやる方法ですね。
 兵隊が、いちいち論理的に考えていたら、作戦通りに戦力は活かせない。命令した方法で、一斉に同じ方向へ向かってダッシュしてくれないと困るのである。
 「接遇」の指導にも、なんとなく、通底するものを感じたのは、うがったみかただろうか。

 番組では、来院者数は増えた、というようなことを言っていた。それは、わからなくはないのだが、何か違う、という気がする。
 まず、第一に、あんなふうに、ののしられて「教育」されて、心底から、人に向かうあたたかな心が育つわけがない。
 「接遇」オバサンは、自分の子どもも、あんなふうに、ののしり、罵声を浴びせて育てたのだろうか。

 専業主婦をスタッフ募集の対象に選んだ、というのは、「職場環境」にウブな人が多いからだろう。
 はじめて働く、というような人であれば、権利意識も薄いし、明確な自己主張もない。兵隊を育成するには好都合である。

 「接遇」などという、造語ではないけれど、これまであまり人が言わなかった言葉をピックアップして、自分なりの「ノウハウ」の体系化をを図り、本人は、おそらく、信念を持ってやっているのでしょう。
 それは、本当の根のある信念ではなくて、何となく、心理的には、不安とコンプレックスの裏返しのような、弱点を強気でカバーする、みたいな気もするけれど、それは、まあ、さておいて、いったん声高に主張をし、誰かが、それは素晴らしい、なんていうと、もう、後戻りできなくなってしまう。
 見た目の成果もあがり、こういうスタイルには、必ず、信奉する経営者が出てきて、ライオンズクラブあたりの口コミから(笑)、信者が広がる。

 番組の中での、病院への来院者のコメントは、たいへんよくなった、というものばかりだった。
 それは、必ずしも編集によるというわけでもなく、お年寄りの本音だろう。
 ビジネスとして、お年寄りと「心を通わせる」スタイルは多い。真っ先に、かつての豊田商事事件を思い出させるが、リフォーム詐欺でも、高額布団の訪問販売なんかでも、みんな、人の良いお年寄りと「心が通った」あげくの話である。

 「人材教育」は、人材育成の核心である。
 企業にとって、人材の育成は、事業の継続、存続を確保するために、最重要の課題である。
 もちろん、人材にも、さまざまなポジショニングがあり、将来の経営トップも必要であれば、現場の指揮官も、技術者も、コーディネーターも、さまざまな才能が育たなければならない。

 しかし、テレビでみた「接遇」オバサンの「教育」は、失礼ながら、育成、というより、使い捨ての人材を、どう「作り上げる」か、というふうにしかみえなかった。
 ひょっとしたら、たまたま、そうして採用された専業主婦の中から、経営陣に参画できるような人材が現われるかもしれないが、もし、そんなことがあっても、それは、この「人材育成」によって「育てられた」というものではなくて、本人の資質が機会を得た、ということでしか、あり得ないだろう。

 社会にとっても、企業にとっても、基本的な要請は、拡大再生産することである。将来に向かって、必ずしも「売上げ」のような、量的なものだけでなくて、その質的な面においても、長期的にみて、拡大再生産を持続できていることが、重要なはずである。

 「接遇」は、マナーを教えているだけで、「人材の育成」をめざしているのではない、ということなのかもしれないが、罵って人を指導する、という方法論も、「成果」があがればあがるほど、その職場で、継承されていくだろう。それは、すぐれた「人の心」かどうか。

 そして、大きな落とし穴がある。
 成果があがっているようにみえるけれど、その「人材教育」と「人材」の確保にかけている費用は、じつはランニングコストであって、将来に利益をもたらす投資ではない、ということだ。
 本来の人材育成は、研究開発と同じ、事業の将来への投資である。しかし、今、とりあえず客が呼べる、という人材への投資は、設備投資にもならない。メンテナンス費用のようなものである。
 みんな、目先の、即効性を求めたがる。

 まあ、病院で、あんなふうな「接遇」がもてはやされるのも、これまでの医療機関の怠慢の結果であり、国民の医療環境を劣悪にして、医療制度や医療機関そのものが成り立たなくなるような時代を放置してきた、これまでの政治が悪いといえば、それまでなのかもしれない。だけど、「人材の育成」を、人まかせでまかなえる、と、経営者が思っているのなら、いつか、きっと、痛いしっぺ返しがくるにちがいない。
   
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2009年10月15日

ミシュランガイド、京都・建仁寺で記者発表。

旧暦八月二十七日 癸巳(みずのとみ)

 明日、ミシュランガイドの「京都・大阪」版が出るらしい。
 一昨日、13日には、京都の建仁寺で、発表記者会見があった。
 もちろん、記者クラブにも雑誌協会にも入っていないので、参加してはいません(笑)。

 もっとも、雑協でも記者クラブの会員でもないはずだけれど、ブロガー「記者」9名と、ツウィッター「レポーター」1名を招いたそうだ。
 それは、「サクラ」と呼ぶのが正しいでしょう(笑)。

 記者会見はお土産付き。松栄堂さんのお香と香立て、そして建仁寺ゆかりの風神雷神の図柄が入った香皿のセットだったそうだ。
 粋ですね(冷)。
 建仁寺という場所での記者発表といい、老舗の香のお土産といい、ミシュランの広報が自らできるセッティングとも思えなくて、どうせ、広告代理店が仕切ったのだろうけれど、京都の感覚からすると、凝ったよ! という、底がみえみえの、いかにも京都、とみせる浅瀬で、なんだかあたりまえすぎて(疲)、おー、なるほど、ふんふん、という感じでしょうね。

 どうせなら、香立てに香皿より、聞香炉(ききごうろ)のセットにでもしてほしかったな。もらったひとが、食の本の記者会見だからと、つい、そば猪口と間違えたりなんかする? と楽しい(笑)。でも、予算が無理かな。
 いずれにしても、デリケートな味覚の京料理を味わうときに、いくら良い香りでも、お香をたいていては、ぶちこわしでしょう。
 凝ったつもりで、いかにも京土産、になってしまいましたね。

 ついでに振り返れば、日本では、すでに平安時代に、貴族の屋敷には便所らしい設備がそなわっていたらしいけれど、フランスの宮廷にはなかったそうだ。そのため、フランス貴族のみなさんは、館の中の暗がりで用を足していた。
 さぞ、いい香りがしたことでしょう。
 貴族の城館は広いからそれでいいかもしれないが、市民はそうはいかない、二階のバルコニーなんかから、前の道路へ投げ捨てていたのだそうだ。うっかり浴びるとたいへんなので、それをよけながら道を歩く、といった記述が、ときどき出てくるらしい。
 街も臭い、体臭も強い、で、おフランスで香水が発達した。元来、香水の源流は「臭い消し」なんですね。

 『源氏物語』なんかにみる王朝貴族の「香り」は、その点、品がある。
 光源氏が通ったあとには、うっとりするような残り香がほんのり漂った。この時代、未婚の男と女が顔を合わせるなどということはタブーだったから、歌を詠んで消息(手紙)とすることが貴重な伝達手段であるとともに、それぞれ、香りで自己表現して、誰かが廊下を通っていっても、香りから、それが誰だかわかった。
 当然、鼻を突き刺すような、強い香水のような香りではない。
 それに、食べるものも考えて、体臭まで調整していたらしい。

 少し前、TOTOさんのおトイレ調査に関連して、京都の街角で、京美人が立って用を足す、というお話を紹介した。
   http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/article/128929388.html
 今どき、欧州からツッ込まれているけれど、じつは、日本は、むかしは、とっても「エコ」だったんですね。二階から、人通りを考えずに汚物を撒き散らしたりせず、ちゃんとそれが郊外で野菜の栄養になり、循環する社会をつくっていた。
 「近代化」で、欧米化する前は、もともとエコの国です。

 で、そういう日本の文化姿勢の伝統からは、人のウチに土足で上がり込んで、しつらいや、家人の態度、庭の眺めのよしあしなんかを、あつかましく評価する、といった傲慢さは、基本的に是とされなかった。
 そういうことをとやかくいうのは、失礼きわまりない、という、礼儀作法ですね。

 「京都・大阪」なんて、ひとからげにするのも、ヘンだ。
 京都と大阪の食文化は、かなり違う。大阪には大阪の良さがあり、京都には京都の良さがある。そこには、異質な価値基準が厳然と存在する。
 案の定、京都での三つ星評価は六軒、大阪は一軒だった。
 神戸は、対象にならなかった、と怒っているらしい(笑)。

 この記者発表に先立って、刊行日と概要の記者会見が、京都商工会議所で、八月末か九月初に行なわれているが、京都新聞によると、その席で、ミシュランガイド総責任者のジャック・ナレさんという人物が、「一部店舗に一方的評価への反発があること」について、こう言ったそうだ。

 「レストランは毎日お客さんに評価されている。判断されたくないなら仕事を変えるべきだ」

 そりゃそうだ。えらそうに言ってくれるけれど、あたりまえのこと。
 要は、「評価するための目的」だけで来るあなたがたを、「お客さん」と思えるかどうか、だけのことですね。

 本をみる気にはなれないが、新聞に載った( メディアがわざわざこうしてリストを紹介してミシュランタイヤの利益に直接手を貸すのもどうかと思うが )店名をざっとみると、聞き慣れたようなところが多い。
 おそらく、選択に、それほどのミスはないのだろう。
 ただ、ふだんは、本来、わざわざ星いくつ、つけるかの目的で来る「客」と店といったような、そんな関係で、成り立っているわけでないことは確かだ。

 「格付け」が、いつの頃からか、やたらに目につくようになった。
 だけど、さも信頼と権威があるようによそおった「格付け」が、いかに空虚であてにならないものかということは、金融危機における、リーマンブラザースの破綻が、ものの見事に示している。
 とにかく、ミシュランリストの中から、第二の船場吉兆が出ないことだけを願いましょう。( http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090418-1.html
   
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2009年10月10日

「萌えの日」って、知っていました?

旧暦八月二十二日 戊子(つちのえね)

 十月十日は、「萌えの日」なのだそうだ。
  まあ、いろいろ、思いつきますね(笑)。

 なぜか萌えの日なのかというと、「萌」の字をタテヨコに四分割して、右から左へ、上、下、上、下と読むと、十月十日となるから。
 なるほど、旧字であれば、くさかんむりは真ん中で分かれているものね(頷)。
 右から左へ、タテ書きで読む、というところが渋い。

 十月十日は、公式には、一応、体育の日、と認識していた(笑)。
 これは、45年前、1964年の東京オリンピック開会の日を祝日としたのだそうだ。
 とすると、もしも、再び東京でオリンピック開催、ということになっていたら、もうひとつ、祝日が増えていたところかな。
 でも、今、休みばかり増えても、可処分所得が増えないことにはねえ。

 もっとも、「体育の日」は、ハッピーマンデー制度ができたもので、今年は十二日になった。
 もう、公式には、国民休日の「○○の日」は、たいてい、その由来を無視して、単なる追加休日になっているから、体育の日も、ただの「10月のハッピーマンデー」と呼んだほうがよさそうだ。

 「萌えの日」なんて、聞いたこともなかったけれど、日経MJ(9/16)によると、「数年前から、ネット上で言われるようになった」のだそうだ。
 こういった「自然発生は近年では珍しい部類に入る」というパターンは、これが、ほんとうに定着したとなれば、じつに面白い。
 「もっとも現在のところ、本格的な記念イベント開催などの大きな動きにはなっていない」と、あったけれど、そりゃまあ、こちらも、この記事で初めて知ったくらいだから、そうでしょうね(笑)。

 だけど、現実に、ネット上であれ、秋葉原であれ、定着していくとすれば、おそらく、オタク仲間さんたちが、よってたかって、いろんな、この日の儀式を考えつくだろうし、そうなると、どこかの企業なんかが、それにのっかって利用しようと、スポンサードしたりして、バレンタインデーみたいに普及する可能性もある。

 萌え、のコンセプトは、未だ、ちゃんと理解できているとはいいがたい異次元世界ではあるのですが、うーん、いまや世界に受け入れられた日本文化らしい。
 その範疇に入れていいのかどうか、わからないけれど、NHKの「東京カワイイTV」なんかも、官営テレビに似合わず、珍しく面白かった。

 萌えは萌え、として、さておいても、ことさらオタク文化というだけでなく、アニメや、ちょっとした日本製品のモダンレトロ、たとえば友禅染の地下足袋、なんていうものも含めて、「ジャパンクール」が人気らしい。
 義弟の家にホームステイにきているドイツ人の、ふつうの女子高生が、日本語を話せる、と聞いたときには驚いた。

 アジアの国々の、低所得層の人たちが、日本でかせぐために日本語を学ぶ、つまり、日本人が、国際マーケットという欧米市場で稼ぐために英語を学ぶのと同様に、職業的な必要性という向上心で外国語を学ぶ、という動機ではないわけだ。
 たとえばフランス文学を原文で読みたいから仏語を学ぶ、というような、文化的欲求でもって日本語を学ぶ、それも誇り高く、どちらかといえばアジアを未だに馬鹿にする傾向も残るような、ヨーロッパの白人が学んでいる、というのは、ちょっと、国際社会への認識を改めましたね。

 さて「萌えの日」は広まっていくのでしょうか。
 ただ、何かの日、をつくっても、そこに、クリスマスやバレンタインデーのような、なんらかのアクションがともなわなければ、普及、定着は難しいのではないか。
 オタクのみなさんの、センスのみせどころ、でしょう。

 考えてみると、○○の日、というのは山ほどある。
 企業や団体が、今も、勝手に、次々とつくりだしている。
 もちろん、ただ勝手につくるだけでなく、うまく販促に活用すればいいのではないかと思うのだけれど、あまり活かされているとは思えない。
 ○○の日、も、何でも、適当につくれそうだと思うけれど、それも、案外、難しい。
 たとえば、製造業はむずかしい。パワーデバイスの日、なんて、つくられたとしても、誰もピンとこない(笑)。
 日常の中に、ちょっとした実感がなければ、やっぱり、受け入れられはしないでしょうね。

 先の記事にあった「自然発生的」というのは、重要な要素である。
 自然発生、というのは、たしかに、なかなか、まれなことだし、自然に普及し、自然に浸透してきた、とすれば、そういう広がりへの爆発力を内在している可能性がある、といえるだろう。

 「萌えの日」の紹介は、日経MJの「キーワード」という、レギュラーの囲み記事にあったのだけれど、このワクの中には、いつも「3行ニュース」というものが並記されていて、電光掲示板的な短文で、同時代の動きを報せている。
 そこには、こんな3行が記されていた。

     ペットに特化した祈願などで知られる東京
    都新宿区の市谷亀岡八幡宮は「ペットの七五
    三」を受け付け。完全予約制で12月14日まで。 

 いやはや、すばらしい商魂。
 日経さんもまた、よく拾ってきますね(笑)。
 八幡さん、といえば、たしか、中世以来、武家の守護神となった神さま。
 七五三は、子どもの成長にともなう通過儀礼で、節目節目の厄払い。お宮参りから結婚式にいたるまで、地元の氏神さんが、なんでも面倒をみる、というのは普通ですが、かといって、「ペット」の通過儀礼、というのもねえ。
 ペット、であるなら、カメやトカゲなんていうものも、受け付けてもらえるのだろうか。

 神社も経営は苦しい。
 でも、ちょっと、やっていいことと…、と思うのだけれど、ペット溺愛、のブームは根強く、案外、ウケるかもしれない。

 萌えの日、と、ペットの七五三。
 フィールドは、ちょっと異なるとはいえ、かたや、思いつき的な「自然発生?」と、かたや、知恵をしぼった儲けの「アイデア」。
 はてさて、どちらに軍配が上がるだろうか。
   
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2009年10月07日

報道番組、なのだけれど。

旧暦八月十九日 乙酉(きのととり)

 「なんで、あんなに、濡れた唇でニュースを読む必要があるのん?」

 ニュース番組など、ふだん積極的に見ることのないカミさんが、以前、夜遅く点けていたテレビを、通りすがりに目にして、馬鹿にしたように言い、そのまま行ってしまったことがある。

 そやねん(笑)。そのとおり!

 やたら濡れた印象の口もと? で、うるうるして、上目づかいで、ちょっと斜めにからだを向けてニュースを読む、というスタイルには、ふだんから、なにか違和感があったし、報道番組、と呼ぶには、ものすごく抵抗があった。
 しかも、わざとライトを落として暗くした背景のつくりかたといい、行ったことはないけれど、銀座あたりのクラブかなんかでも、イメージしているのかしらね、といった画面づくりは、まあ、報道番組というより、深夜番組という位置付けだったのでしょうか(笑)。

 だけど、オトコが、そういうことを言ったりすると、どこか、セクハラになるんじゃないか、みたいな遠慮があって、「言い出せないでいた」ようなところがあった。

 いや、我が意を得たり。オンナが先に言ってくれると、オトコとしては言いやすい(笑)。

 それが、どうも、最近見ないな、と思っていたら、滝川クリステルさんは降板したらしい。
 ネット上では、高額ギャラがネックになってリストラされた、なんていう話が飛び交っている。

 まあ、滝クリさん、がどう処遇されたかには興味ないけれど、放送局も、経済情勢と媒体環境の変化で、広告収入は急低下しているだろうから、さすがに、非常識なギャラに気づきはじめた、ということなのでしょうか。

 もっとも、リストラはテレビだけではない、あらゆるメディアがコスト削減に汲々としている。
 トップクラスの週刊誌でさえ、フリーカメラマンに、写真撮影が1点5千円、なんていうこともあるそうだ。カット5千円、というと、知っている限りでは、『るるぶ』あたりが地元プロダクションに丸投げして、それを孫請けしているスタッフのような、ほとんどアルバイト料の感覚である。
 おそらく、そういったコストカットは、やがて、聖域のような大新聞にも及んでいくだろう。

 コストの話はさておいて、ここしばらく、「ニュース番組」は、かなりワクが増えてきて、活況のようにみえる。
 いろいろな選挙の投票率が上がっているように、「日本国民」も、さすが脳天気に、政治経済の動きに無関心ではいられなくなってきた、という社会情勢もあるだろう。
 ついに「政権交代」したこととも、無関係ではないと思う。

 しかしながら、なにかしら、「テレビ」の人たちは、報道、ということを勘違いしているのではないだろうか、と感じることは多い。
 さっきの、フジテレビの「ニュースJAPAN」だったかは、深夜番組ふうに仕上がっていたし、たしか、この春から始まった、TBSの「THE・NEWS」では、正反対に明るい子ども向け番組ふうにできている。

 こっちのほうは、NHKニュースの定番、7時のニュースの前に始める、という戦術的な意図のもと、小林麻耶ちゃんが、たいへん可愛らしくニュースを伝えてくれるのだが、早い時間帯ということもあり、とても明るく素直に、ジャーナリスティックな感覚は皆無で、のびのびとした「報道」番組になっている。
 阪神淡路大地震で、悲惨な現場からレポートして、「○○がお伝えしました」と、ニッコリ笑顔で首を傾けた女子アナさんたちを、つい、思い出してしまうんだなあ。

 基本的に、メディアは、すべて、ジャーナリズムだと考えている。
 エンターテインメントは、本来、付録のようなものである。
 報道をエンターティナーによって、楽しくみせよう、という視聴者への心遣いはありがたいのだが、どちらかといえば、ありがた迷惑である(笑)。
 できることなら、取材の内容を、より深く、正確にするためにこそ、コストをかけてほしい、スポンサーサイドの圧力にも負けないでほしい。
 そこでこそ、個性を競ってもらえたら、と思うのだ。
   
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2009年10月01日

死刑「判決」廃止は、野蛮である。

旧暦八月十三日 己卯(つちのとう)

 先月末に、2007年4月、長崎で市長を射殺した犯人の控訴審があった。
 福岡高裁の松尾昭一という裁判長が、一審の死刑判決をくつがえして、無期懲役に減刑した。

 新聞記事によると、「金銭強奪目的などではなく、殺害者が一人で、殺人罪の前科がない被告に死刑を言い渡した一審判決は、最高裁判決が1983年に示した死刑適用基準(永山基準)やこれまでの裁判例からみて異例で、二審判決は減刑した。弁護人と被告本人が控訴していた。」とある。

 松尾裁判長は、「一審判決の事実認定に誤りはない」とした上で、「行政対象暴力としても、選挙妨害としても最悪な犯行だが、被害者が1人にとどまることを十分考慮する必要がある」として「身代金目的や強盗のような利欲的な側面はなく、主な動機は被害者への恨みだったこと」などから、「死刑判決はちゅうちょせざるを得ない」と結論づけた、そうだ。

 はるか昔の事件だったような気がしていたけれど、まだ、わずか二年半しか経っていなかったことを思い出さされた。
 市長の席が、この事件によって空席となり、たしか娘婿だったかが、弔い合戦で市長選に立候補して破れ、そのことで、娘さんが、市民に対して恨みごとめいた発言をして、いささかひんしゅくをかった。そんなこんなで、なにか、全体に後味の悪い事件となった印象が残っている。

 家族としては、殺された市長が、市民に人気があって愛されていたはずだ、という思いから、当然、弔い合戦は支持されると考えていたのはわかるし、残念だろうけれど、選挙で負けたからといって、「前市長は市民にとってその程度のものだったのか」といった意味のことを口にしたのは、いただけなかった。
 ある人物がどういう存在だったにせよ、その娘婿とは、別人格である。それぞれ一個の、まったく別の人間なのだから。
 支持していた人物が殺され、その娘婿だから無条件に支持する、というほど市民の意識も単純ではないだろう。

 一人一人の人間の価値を、他人はさまざまに評価する。
 常識的に考えるなら、人物の好き嫌いは別として、市長を務めて、多くの人と関係を持ち、それなりの業績をあげてきた一人の人間と、暴力団で幹部になり、銃を入手して、「知人の恨みの代わり」を理由に市長を射殺したような一人の人間とでは、存在価値は大きく違うだろう。
 それでも、そういう心情は百歩譲って、人の命は対等である。
 ならば、少なくとも、等価交換するべきではないのか。

 人を殺したならば、死刑である。
 子どものころから、そう教えられてきたし、そのことは道理だと思っている。
 これは、正しい、正しくない、ということではなく、ものごとの道理なのである。

 人の命を奪ったら、自らの命であがなう。
 これは、等価交換である。

 死刑を忌避した理由は、「永山基準」だとある。
 永山基準というのは、約40年前に広域殺人事件で4人を殺した、当時19歳の永山則夫による犯行をもとに、どんな理由、どんな条件で、どれだけの数の人を殺せば死刑の適用に値するか、という目安が、このときに示されたということらしい。

 経済学や哲学では、さまざまな価値が語られる。
 貨幣価値、であったり、労働価値、であったり、使用価値であったり、交換価値であったり……。
 だけど、いずれにしても、社会でのやりとりは、客観的に納得のできる、「等価」で交換されている。
 なんで、一人殺しただけでは、死刑にすべきではない、などということが言えるのか。
 まして、死刑廃止、などという「理想」を語れるのか。

 死刑が無くなる、ということは理想だけれど、死刑判決を廃止する、ということは、理想でもなんでもない。

 一人殺しただけでは死刑にならない、などとほくそ笑む殺人犯がいるのが、現実である。
 原則があるべきではないのか。
 人を殺したら、死刑である。つまり、人の命を奪ったら、自らの命で返す、という原理原則である。
 それが、はっきりと確立されていて、そこから、情状酌量があれば減刑もあり得る、というのが論理ではないのだろうか。
 最初から、一人殺しただけでは死刑にできない、などと、法曹が基準を置くようでは、社会の倫理規範はどこにあるのか。

 犯人の城尾哲弥被告は、元暴力団幹部だし、当然、不法所持である拳銃で、それも、たしか駅前という公道で、選挙戦の最中に、それまでに3回市民が選んできた前市長を、射殺した。
 「身代金目的や強盗のような利欲的な側面はなく」などというけれど、勝手な恨みで殺すほうが、よほど悪質ではないのか。金を手に入れようと強盗をするのは利欲的だけれど、勝手な思いこみで人を殺すテロのほうが、よほど悪質である。
 街なかでの無差別テロは、強盗より紳士的だ、と言っているようなものである。

 たしか、作家の丸谷才一さんではなかったか、「死刑を廃止するなら、仇討ちを認めよ」ということを言っていたと思う。
 身近な人間が、病気や事故でなくなっても、無念は、はかりしれない。
 ましてや、突然、誰かに殺された、というとき、遺族の心情、無念、を思えば、それは、ものすごく論理的である。

 長崎では、この事件の前にも、本島等市長が銃撃されている。
 伊藤一長市長の射殺は、個人的恨みとされているが、それも本当なのかどうか。
 かつて、オーム事件で、幹部の村井秀夫をマスコミの眼前で刺殺した、徐裕行という殺人犯など、おそらくもう出所しているだろうけれど、あの衝撃的な事件の背景はうやむやになったままである。
 この国の司法は、どうもよくわからない。

 死刑を廃止する、というのは、良心的人間を自認したい、欧米ヒューマニズム的な、ただのアリバイづくりである。
 仇討ちを野蛮とするか、被害者である遺族を生殺しにすることを野蛮とするか、これも、価値観の問題といえる。
 もちろん、冤罪は、野蛮極まりない。
 証拠のでっち上げのような、あきらかな冤罪で死刑にしたならば、未必の故意として、その責任者も、死刑に等しい責任を問われるべきである。

 今日、10月1日は、「法の日」なのだそうだ。
 長崎の事件は、裁判員裁判であれば、どう裁かれただろうか。
 死刑判決をくだしても、執行しなければ、実質的には死刑とならない。しかし、犯人は、その恐怖と、たたかい続けることになる。
 死刑廃止、と、死刑判決廃止、は、まったく違うのである。
   
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2009年09月26日

男が座っておしっこ!? のTOTO調査。

旧暦八月八日 甲戌(きのえいぬ)

 便器メーカーTOTOのアンケート調査によると、男性の三割が、自宅のトイレで、洋式便器に座っておしっこをする、という結果が新聞に載っていた。
 きっと、これは各紙に出ていたことでしょう。

 うーん。まあ、うんこをするときに、座ると、先におしっこから始まる、ということは、ふつう、あるけれどねえ。
 冒頭から、香り高い話ですみません。(笑)

 以前から、若いお母さんが、子どもに、おしっこが飛び散るから座ってしなさい、としつけるのだという話は聞いていて、こりゃ、これから、おかまさんが、どんどんふえていきそうだな、とつまらない心配をしてはいたけれど、どうも、そういうレベルではないらしい。
 40代、50代が四割前後と高くて、座る理由に「掃除が楽だから」とあるのは、男性が家事を分担しているあかしなのだろうけれど、男女平等、均等化が、本来、本能的な、ジェンダーの行動様式まで均一化している、というのは、興味深い。

 男らしさ、女らしさ、などというと、すぐまた物議をかもしてしまうけれど、単純に、♂的、♀的には、ワンちゃんをみていれば、♂と♀は、しっかりと、おしっこのスタイルは違いますよね。

 人類の遺伝子の構成は、男と女で違うけれど、ベースとなっているのは女性であって、その一部が変異してできたのが男性だそうだ。
 要するに、男性というのは、もともと、女性のできそこない、らしい。

 結婚してそれぞれの遺伝子を持つ卵子と精子が合体することで、両方の特徴が組み合わせられるわけだけれど、そこで親の遺伝子から、次世代の子どもの遺伝子へと複製される際に、少しずつ損傷というか、欠損が生じる。
 でもって、女性から変異した、「男性である特徴」の部分は、長い時間に、徐々に失われていって、やがて男はいなくなるかもしれないのだという。
 ちょっと、理解が中途半端なもので、誤解があったらすみません。少なくとも、「男性」という変異した因子が、女性という原型に向かって、先祖帰りの道をたどっているのは、間違いないようです。

 先のアンケートは、インターネットによる、というから、多少、ひょっとしたら、その属性で比率が高い、という可能性もあるけれど、ふだん身のまわりにいる友人たちの、三人に一人が、おウチでは座っておしっこをしている、と考えると、ちょっとしたとまどいがある。

 水洗トイレというのは、都市文明を画期的に変えたと思う。
 落下式トイレでも方法はあったかもしれないけれど、少なくとも、水洗トイレが発達したことで、超高層住宅の存在も、一気に可能になった。
 一方、そのことで、トイレの床面は、乾式、とでもいうのだろうか、水を流さなく(流せなく)なった。だから、「飛び散らか」されると、掃除が面倒だ。
 文明の劇的変化が、ジェンダーのささやかな崩壊を産んだのかもしれない。

 京都には、こんな古いことばがあるそうだ。

    京女、立って垂れるがすこしきず

 『京都故事物語』奈良本辰也編(河出書房新社)では、江戸の作家、滝沢馬琴の京都レポートを紹介している。

京の家々厠の前に小便担桶ありて、女もそれへ小便をする。故に、富家の女房も小便は悉く立て居てするなり。但良賤とも紙を用ず。妓女ばかりふところかみをもちて便所へゆくなり。月々六斎ほとづゝこの小便桶をくみに来るなり。或は供二三人つれたる女。道はたの小便たごへ立ながら尻の方をむけて小便をするに恥るいろなく笑う人なし。

 つまり、もともとが有機農法だから、京都の郊外の農家は、洛中にやってきて、肥やしにする(もちろん発酵させてから)ための糞尿を購入したり、ひきとっていた。
 供出する側も、おそらく便利なように、小便くらいは最初から桶に直接溜めて、持っていきやすいようにしていた。
 でもって、うら若き女性も、金持ちの奥方も、そこに、立ったままで、放出していたのですね。
 あ、ちょっと、想像しづらいものがありますけれど…。

 でも、かつて、オトコどもが「立ちションは男の特権や」てな馬鹿な主張をしたときに、友人の、まさに京美人が、「女も立ってできるえ」と、さらりと言ったことがありました。なので、納得だけは、納得。

 考えてみると、「ヒト」の行動様式は、環境に大きく左右される、ということかもしれない。
 男性が座っておしっこをするようになってきた、というのは、良し悪しは別として、そういう、時代の要請がある、ということはあきらかなのだろう。

 自分自身は、座っておしっこなんてしたくない、とか、種としての男性劣化への危惧、とか、いろいろあっても、世の中の大勢は、どんどん流れていく。
 そうです。冷静に、職業意識に戻らなければ(笑)。

 つまり、こういったリサーチの結果を、じゃあ、TOTOさんは、どう商品開発に活かすことができるのか。そこのところが、たいへん興味深いのだ。
 そして、これからの「ベンキ」は、あるいはトイレという空間は、オトコが、立つ方向に向かうのか、座る方向に向かうのか。
 気になるなあ。
   
  
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2009年09月17日

国立国会図書館関西館。

旧暦七月二十九日 乙丑(きのとうし)

 国立国会図書館関西館に、初めて行った。
 「データベースフォーラム」という催しがあったので、それを聴きに行った。

 じつは、もともと、このために出かけようとしたわけではない。毎月送られてくる『地方・小出版流通センター通信』に、「グーグル問題で日本ペンクラブの著者40人が異議申立てをした」というニュースに続いて、国立国会図書館が、出版関係者を対象として、「今後の蔵書のデジタル化やその対象となる候補雑誌リストに関しての報告を行なう」という予定が載っていたので、これが関西館でも開かれないのかな、と、ホームページをみてみたら、一般向けの、このフォーラムがあったのだ。

 地方小の「通信」記事には、おそらく東京の本館で行なわれる「報告会?」について、「著作権法の改正や、127億円という異例のデジタル化予算が付いたこと、日本文芸家協会と書協と共同で国会図書館の蔵書をインターネットで有料配信する? などの報道について説明されると思います。グーグルに対抗して日本版デジタル図書館を! と動いていますが、出版社や著者にとっての利害に直結しますので注視する必要があると思います。」とあった。

 フォーラムは、そういった問題提起に直接結びつくものではなく、「国立国会図書館データベースフォーラム −確かな情報へのナビゲーター−」という表題で、要は、国立国会図書館のホームページから、単なる蔵書検索だけでなく、さまざまな資料探しや閲覧ができるということを、関西館のスタッフが具体的に手引きしながら解説する、というもの。
 ある程度の利用法は知っていたが、何事によらず、入門にインストラクターは必要なもので、なるほど結構役立つ検索システムがいろいろそなわっているのだ、ということが、よくわかった。

 ちょっとした資料を調べて、まとまった原稿をつくらないといけないときなど、京都の図書館では、資料、とくに雑誌のバックナンバーとか、あるいはビジネス関連の書籍やデータなどが手薄で、大阪の中央図書館まで、一日仕事で出かけて行き、限度いっぱいの八冊の本と大量のコピーを抱えて帰ったものだけれど、そういう場合でも、これらの検索やアーカイブは、そこそこのカバーが、できそうな気がする。これは、デジタル時代の恩恵といえば、恩恵。

 関西館の館長は、中井万知子さんという女性だった。冒頭のあいさつによると、蔵書のデジタル化事業に対して、今年、これまでの十年分をはるかに超える、百億円の予算がついた。今度の選挙で民主党政権に変わったので、まだ完全に確定はしていないものの、その準備で、今、たいへん忙しいそうである。先の、地方小の通信と符合する。ちょっと少な目に言ってますね(笑)。
 おそらく、前の麻生政権で、たいして文化的意義もわからない閣僚さんたちが、デジタル化、とか、アーカイブ、といった「新しいキーワード」に、「日本の競争力の将来」でも錯覚して予算をつけたのでしょうね。でも、ここに予算をつけたことは、たいへん望ましい、結果オーライです(笑)。

 もっとも、「近代デジタルライブラリー」というデータベースの紹介の中では、来年、2010年1月1日に施行される「改正著作権法」によって、「必要と認められる限度において」国立国会図書館での電子化が、「著作権者の許諾なしに行えるように」なると強調されていた。
 ここが、先の、地方小の通信で危惧していたところだろう。書物の殿堂、国立国会図書館だから、といったイメージで、つい安心してみてしまいがちなだけに、気をつけていないといけない。
 こういうことは、ほとんど、社会一般に知られないで進んでいく。

 それにしても、学研都市の、広々とした、けいはんな丘陵に、すっきりとした建物。内も外も、壁には、ポスターやチラシのような貼り紙など、いっさいない。入り口ごとに、館としての案内パンフレット類がテーブル上に置いてあるくらいで、世俗の汚れと一線を画している(笑)。
 まさに抜群の環境なのだけれど、ここも、行ってみて、結構遠いなあ。

 「フォーラム」のあと、「館内見学ツアー」というのに参加してみたけれど、どうということはなかった(笑)。お休み状態で、電動書庫は稼働していないし、人が働いている状態はみられない。もっとも、閲覧室や書庫の広さと、天井の高さは、一般の公共図書館ではおそらく比類のないスケールで、快適そのもの。新聞や、辞典・事典類の、基礎資料の豊富さは、さすがになるほど、である。
 書庫は、常時22℃に維持されているそうだ、あの延々と書架の続く地下で、本に囲まれた世界は心地いい。お泊まりツアーにしてくれればいいのに。

 これから、あらゆるデータはデジタル化が進むだろう。書物は、まだまだ、かなりの間、無くならないとしても、過去に、木簡、竹簡から和紙に変わり、洋紙に変わり、また、書写から木版、活版、写植、と変わってきたように、確実にデジタル化は進み、いずれ、紙の本から、今よりはるかに読みやすくなったビューアが、主役を奪うだろう。
 今、それらのルールや常識が、ある程度の自然成立も含めて、確立されていくための過渡期だと思う。だからこそ、問題だらけである。

 社会の知性を充実する方向で、出版文化が活気づいていくためにも、この、歴史的な文明の転換点に、何かもっと、意表をついた斬新なアイデアが出てこないものだろうか。
   
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2009年09月10日

昨日は、重陽の節供でした。

旧暦七月二十二日 戊午(つちのえうま)
 
 遅ればせながら、昨日、九月九日は、「重陽(ちょうよう)」の節供でした。
 人日、上巳、端午、七夕、と続いてきた「五節供」の、掉尾を飾る行事。

 寄席でいえば、トリをとる真打なんだけれど(笑)、案外知られていない。
 何年か前、京都文化博物館で催された「京の五節句」という展覧会の図録では、「重陽」の解説をされている古郷彰治さんというかたが、通信販売のカタログに「五節句タペストリー」というのをみつけたら、正月、ひな祭り、端午、七夕ときて、最後は「お月見」になっていたと、ぼやいておられた。
 どうも、よくある話らしい(笑)。

 「重陽」は、陽数(奇数)が重なる日という意味。
 なので、この日を「重九(ちょうきゅう)」とも言うし、三月三日の上巳や、五月五日の端午を、重三(ちょうさん)、重五(ちょうご)とも言うらしい。
 だけど、重三も重五も、重陽とは呼ばず、重九の節供だけ重陽と呼ぶのは、これらの陽数の中でも「九」はいちばん大きい、という存在感からきているようだ。

 「重陽」の意味は、市販本などでは、ちょっと解釈にばらつきがみられる。
 そういうのって、うきうきするなあ(笑)。

 暦日について、よくお世話になる『現代こよみ読み解き事典』(柏書房)では、こんなふうにある。

 重陽は、易でいう陽数の極である九が重なることで、重九ともいう。昔、中国では奇数を陽の数としていたので、陽の極である九が二つ重なる九月九日は、大変に目出たい日とされた。

 ここでは、「陽」がおめでたいので、陽数を重ねると、よりいっそうめでたい、というふうにとれる。
 昭和天皇の侍従長だった、入江相政さんの『宮中歳時記』(小学館文庫)でも、次のようにある。

 中国では古くから九は陽数とされ、九月九日は月と日に同じ陽数が重なるから重陽と称し、佳節とされた。

 しかし、『大漢語林』(大修館書店)でみると、「陽九」の項目で、こう説明してある。

【陽九】わざわい。九は、奇数(陽)の行きづまりの数だからいう。一説に、陽の災い五と陰の災い四、合わせて九とする。(文選、陸機、呉趨行)

 先にふれた展覧会の図録『季節を祝う 京の五節句』で、古郷彰治さんの「重陽」解説には、こう述べてある。

中国では月と日に奇数が重なるときを、陽が極まって陰を生じる不吉な日として忌み嫌い、避邪の行事が行われた。

 みんな、少しずつ、陽と陰のとらえかたが違う。
 コピーライターは、孫引きに悩みますね(笑)。

 中国の歳時記『荊楚歳時記』では、重陽の節供には「四民並びに野を籍(ふ)んで飲宴す。」とある。

〈 前略 〉九月九日に宴会す。〈 中略 〉茱萸(しゅゆ)を佩び、餌(じ)を食(くら)い、菊花の酒を飲まば、人をして長寿ならしむと云う。

 「茱萸」は、「グミ」のことだとか「山茱萸(サンシュユ)」だとか、「呉茱萸(ゴシュユ)」だとか、いろいろと言われるけれど、この、東洋文庫版『荊楚歳時記』では、カワハジカミと和名のあるゴシュユのことだろうと、注釈がある。
 茱萸を、佩(お)びる(身につける)として、日本で、重陽の日に「茱萸袋」を身につけたり、飾ったりしてきたというのは、薬玉(くすだま)や訶梨勒(かりろく)といったもののように、本来、薬効と香りで邪気払いをするような意味があったのだろう。
 同様に、「餌」とは「粉餅」のことだとあるから、やはり邪気払いや縁起物としての「餅」と共通するのだろう。

 総合してみれば、こういうことのようだ。
 「重陽」出自の中国では、九という悪い数字が重なる最悪の日に、茱萸を身につけ、おそらく漢方薬として服用し、粉餅を食べて、菊の花を浮かべた菊酒を飲んだ。それも、山の上など高いところに登って飲むのがよいらしい。そうして邪気払いをして、無病息災と長命を願った。

 これが日本に伝わり、のちに「重九」が「長久」に通じるとされた、というのは、どうも、武家社会になってからのように思える。
 ただし、「菊の被綿(着綿、衣綿 きせわた)」の風習は、すでに平安時代からあったらしい。前夜から、菊の花に綿をかぶせておき、菊花の露を含んだ綿で、顔や身をぬぐった。これも、中国の「菊慈童」不老不死伝説にちなむようで、菊はもともと、長寿の象徴である。

 いつも、菊酒のまねごとくらいやってみようと思いながら、また、忘れていた。
 東北の「もってのほか」じゃないけれど、このごろ、京都でも、ときどきスーパーあたりで、食用菊をみかけるから、あれでやってみればよさそうだ。
 ただし、残りをどうやって食べるか(笑)。「もってのほか」は、動脈硬化やガンの予防にいいと宣伝していたけれど、酢の物や天ぷらといわれても、慣れていないしなあ…。

 節供は、多く新暦での表示になり、重陽の節供にちなむ祭礼も新暦に移されたところが多いけれど、古来変わらず、旧暦で行なわれているところも、かなりある。
 ちなみに、今年の旧暦九月九日は、新暦の十月二十六日。
 やっぱり、菊の節供、や、菊花節、なんて呼ぶなら、その頃でしょうね。


(過去の五節供記事から ↓)
人日 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090107-1.html
上巳 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090303-1.html
端午 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090505-1.html
七夕 http://kyotohansokutsushin.seesaa.net/archives/20090707-1.html
   
タグ:節供 重陽
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2009年08月31日

「ネガティブキャンペーン」で、穴を深くした自民党。

旧暦七月十二日 戊申(つちのえさる)

 ようやく、「日本国民のガス抜き」が終わりましたね。
 前回衆院選の、小泉自民党大勝は、熱に浮かされて、踊り念仏のように法悦の世界で陶酔した人たちが「じゅんちゃん」に票を投じたが、その結果、おそらく、そうした自分に対するやり場のない後悔も含めて、怒りは倍増した。

 年金問題なんか、発展途上国だったら、社会保険庁が焼き討ちにあっていてもおかしくないような話だし、バブル崩壊以来、明るみに出てきた政官の利権に対する怒りのマグマが、たまりにたまっていたのは間違いないでしょう。
 民主党ひとり勝ちが、よかったかどうかは別として、厚生省を爆破せずに(笑)、選挙で明確な鉄槌をくだしたというのは、日本人も大人です(笑)。

 さすがに、自民党さんも、100議席は切らなかった。
 自民党では、たくさんの現職議員が落選して涙を呑んだけれど、敗戦に拍車をかけたA級戦犯、といえる人たちは当選している。
 政権を投げ出した安倍さん、そして同じく福田さん。そして、最大の戦犯である小泉さんのジュニアも。
 落選した人たちはくやしいでしょう。
 さすがに中川昭一さん、赤城さん、久間さんあたりは、比例でも復活しなかった。

 とりあえず、ようやく選挙戦が終わって、ほっ、とやすらぎますね。
 選挙期間中は、テレビをみていると、突如、政党CMで、あの、がらの悪いひょっとこおじさんが出てきて、えらそうな態度で一席ぶつもので、気分が悪くてまいった。

 自民党の敗因のひとつというか、大敗に輪をかけた理由のひとつに、「ネガティブキャンペーン」がある。
 ひょっとこおじさんも、総裁だから、この人を出さざるを得なかったのかもしれないけれど、あのイメージで敵を非難しても、逆にマイナスにしかならなかっただろう。
 おまけに、党のホームページとユーチューブで、いやみたっぷりの、民主党攻撃ビデオを流していた。
http://www.youtube.com/watch?v=rAjj1CGxhY8&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ejimin%2Ejp%2Findex%2Ehtml&feature=player_embedded

 これは、ことに、今回のような情勢の中で、ウケるわけないでしょう。
 小泉自民党のゲッベルスだった、世耕さんのマーケティングセンスは、どうしたのでしょう。

 選挙期間中の、ウェブ上での、こういった情報提供が選挙違反にならないかどうかは、日本ではあいまいで、たいていの政党では、情報更新だけでも慎重なのだけれど、自民党さんは政権与党だったから、ウラで、これはOKという、警察庁あたりの了解をとっていたのかもしれない。

 みずからが政策崩壊しているから、政策論争に持ち込みようもないので、逆に、相手には政策がない、と、ネガティブキャンペーンをするしかなかったのだろうけれど、露骨すぎるネガティブキャンペーンは、日本人の感覚には合わない。

 選挙期間中の、各党の広告で、ひとつだけ目についたのは、「日経産業新聞」に、唯一掲載された政党の広告が、民主党だったこと。
 8月19日という、公示から比較的早い時期の設定に、どういう戦略があったかわからないが、読者プロフィールでみると1000人未満の企業の管理職以上が読者に多いという、いわば業界紙に、全面広告で掲載した政党公約をみるのは、これまで購読してきて、たしか初めてだったのではないか。
 8月の日経産業新聞は、とくに、紙面が少なく、ふだん、32ページくらいのところを、12ページなんていう日もあるくらいで、夏場の新聞代は半額にするべきだろう! と思ってしまうけれど、その、情報量の特に少ない時期に、目につきやすいとねらったのだろうか(笑)。

 さて、いずれにしても、結果が出ました。
 どこかが、圧倒的ひとり勝ち、なんて、本来、いいわけがない。
 郵政選挙の歴史から、多少は学習しているでしょうから、さすがに、小泉内閣のような傲慢な態度はとらないだろうと思いたいし、小沢チルドレンは、みたところ、小泉チルドレンほどひどくはなさそうだけれど、ここからは、いよいよ、国民の側にとっても、うっぷんばらしだけでは終わらない現実に突入する。
 ろくでもない政策も多いとわかっていながら、有権者がなんのために政権をとらせたのか、そこのところが本当に理解できるかどうかである。

 利権官僚との本格的対決で、さて、どれだけ、チカラを発揮できるか。
 年金問題は、みものである。桝添さんは、最初にあれだけぶち上げながら、誰も罰することができなかった。
 国民は、あそこまで厚顔無恥な社会保険庁の職員に、退職金なんか払う必要はないと、本気で思っている。中には良心的な人たちも、もちろん、いるにしても、かわいそうだが、連帯責任である。それだけの緊張感を現実に持たせないと、ゆるみきった公僕意識は立て直せない。

 政権が替わって、霞ヶ関は、すでに臨戦態勢でしょうね(笑)。

 そして、じつは注目したいのは、このあと、地方選挙での相乗りが、無くなっていくのかどうか。こっちのほうが、興味深い。地方での政策論争が、「政権与党」という利権をこえて、きちんとなされるようになるのか、である。

※ 【補遺】

「日経産業新聞」への民主党の全面広告は、8月28日にも掲載されていました。三日遅れでスクラップしていたら、載っていました。うかつでした、すみません。
 日経産業は、土日は休刊ですから、金曜日のこの掲載は、投票日の直前、直近ということになります。公示の二日後と、投票日直前で、ちゃんと二回セットで組んでいたのですね。
 ちなみに、19日付のキャッチは「あなたの手で、政権交代。」として、マニフェスト工程表を、まさに「表」でみせている。28日付は、呼びかけのボディコピーが、左肩から、大きな文字で紙面の三分の一くらいのスペースを占め、キャッチは下部に持ってきて、「いよいよ、政権交代。」政党のアピールとしては、なかなか、よくできていました。
   

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2009年08月29日

天保山「サントリーミュージアム」の閉鎖。

旧暦七月十日 丙午(ひのえうま)

 大阪の、天保山ハーバービレッジにある、「サントリーミュージアム」が閉鎖になるらしい。
 8月23日の、日経MJ(日経流通新聞)に、小さな記事が載っていた。「2010年12月に休館すると発表した。」とある。
 その後、テレビのニュース番組でも、ちらりと報じられているのをみた。キリンとの経営統合プランが影響しているのか、とふれていた。よくわからないが、有利に進めるための準備的リストラなのかもしれない。

「入場者数が見通しを下回り、年間数億円規模の赤字が発生。コスト負担が膨らんでおり、今後の社会貢献活動のあり方を見直す中で、営業継続は難しいと判断した。」そうだ。
 サントリー自身のサイトでも、8月21日付で、ニュースリリースが掲載されていた。
http://www.suntory.co.jp/news/2009/10536.html

 MJの記事では、現状が紹介されている。
「開業時は年間150万人の入場者数を目標にしていたが、ピークの95年で101万人、昨年は65万人にとどまった。入場料などの収入も計画を下回り、予想以上に赤字が拡大。2年ほど前から同施設の運営について議論を重ねてきた。」

 この閉鎖をカバーするためか、ニュースリリースには、「サントリーホールディングス(株)は、創業110周年を記念して、音楽・美術を柱とした芸術分野の社会貢献活動を行う『公益財団法人 サントリー芸術財団』(代表理事:堤剛(つつみ つよし)、鳥井信吾)を2009年9月1日(火)に設立します。」とある。

 サントリーには、個性的な会社、というイメージがある。
 一時は、ウイスキーに味の素を混ぜていると非難されたこともあったりして、たしかに、同じクラスのウイスキーなら、ニッカのほうが旨かったと思うが、それでも、なぜか、捨てがたい魅力を持つ企業である。
 それは、おそらく、前身である壽屋以来、宣伝部に、山口瞳さんや、開高健さんといった、才能あふれる人たちが在籍して、ユニークな広告を次々と送り出してきた伝統と、その遺産によるところが大きいだろう。戦後の広告創成期をみると、東の資生堂、西のサントリー、が並び立つ。

 広告に関しては、今も学ぶところは多いけれど、「社会貢献」については、経営トップが、その本質を理解しないまま、ただ流行にのってやってきたような観が否めない。
 サントリーのホームページをみると、1961年には美術館を開設し、69年には音楽財団を設立しているから、早くから「企業メセナ」に取り組んでいたといえるかもしれない。

 1973年には、愛鳥キャンペーンを開始している。
 1990年に愛鳥基金を創設しているから、本格的に「サントリーの野鳥保護」のようなことがアピールされたのは、この頃からかもしれない。

 じつは、サントリーさんが、この「愛鳥運動」のような展開の中で通信販売していた腕時計を持っている(笑)。
 バブルがはじける前くらい、一万円足らずというところだっただろうか。ボディも文字盤も黒で、秒針のかわりに白い鳥のシルエットが回っていく、という、スウォッチあたりで三千円くらいで売っていそうな(笑)、シンプルで、ちょっとしゃれたデザイン。

 何年かして、この時計のビニールレザーのベルトがだめになったので、スペアが買えないかと思ったけれど、無かった。
 製造元はリコーさん。大阪のビジネスショーか何かで、時計販売のブースを出していたので、一応、聞いてみたけれど、やっぱり無かった。
 リコーさんも、本体は、環境企業評価で、常にベストスリーくらいに入っている企業である。

 環境保護はうたうけれど、結局、みんな、キャンペーンでいろんなものをつくってアピールして、それは「使い捨て」なんですね。みなさん、ささやかながら、むしろエントロピーの増大に貢献している(笑)。

 「環境企業」とか、「文化的企業」といった評価が、いかに業界の内輪どうしであって、上っ面のものかということは、こういう、何気ないところから、わかってしまう。

 サントリーは、文化活動やスポーツ活動をたくさん行なっているが、印象に残っているのは、「不易流行研究所」。これは1989年に設立して、2004年には廃止し、「次世代研究所」と名称を変えている。それも、昨年の3月で閉鎖されている。
 2010年に閉鎖する、天保山のミュージアムは、1994年の開設だった。

 サントリーの愛鳥キャンペーンが華やかな頃、イギリスの王立愛鳥協会だっただろうか、サーなんとか、といった、会長を務める王族のような人物が来日して、先代の佐治社長があちこちの自社関連施設を案内したところ、その人物から、「で、あなたご自身は、どんな活動をなさっているのですか?」と訊かれて、答えられなかった、という話が、皮肉混じりにマスコミに流れたのを、かすかに覚えている。

 かつて、CIブームのあとに、企業の「メセナ」や「フィランソロピー」ということが流行った。景気のいいときには、多くの企業は、派手に「社会貢献」をうたったけれど、バブルがはじけると、一気にしぼんだ。

 その反省もあったのか、少し前に、あらためて「CSR」という言葉が使われ始めたけれど、過去の経験から、どれだけ本質を学習したのかとなると、疑問は多い。

 天保山のサントリーミュージアムは、かつて、興味を惹く展覧会をいろいろやっていて、ときどき、これは観に行きたい! と思いながら、インテックス大阪の展示会でくたくたになってしまって、時間もなくなって、ほんの少し先なのに、足が伸びなかった。今から思えば残念。

 そういえば、心斎橋の「出光美術館」も無くなったし、企業美術館で閉鎖になったところは多い。増えているのは宗教法人の美術館くらいだろうか。

 かつてバブルの頃、PR誌の創刊の話があると、とにかく、最初から大きなものにしてしまうのは避けましょう、ということを、口をすっぱくして言った。
 かりに32ページで創刊したものが、途中で24ページになるより、最初は16ページでスタートして、やがて、24ページに増え、さらに32ページとなるほうが、母体の企業自身が発展している、といったイメージを提供できるからである。
 最初から、目いっぱい背伸びをすることは、リスクである。

 そうして、ひかえめに始めたPR誌でさえ、今、大半が、やめてしまっている。

 環境問題かまびすしい昨今。「環境貢献」も、かつてのメセナやフィランソロピーと同様、アリバイづくりのネタとなっているが、本質は「持続可能な社会活動」である。
 じつは、環境をうたう企業自体が壮大なエントロピーだった、などということにならないように、トップが、みずからの人生観を、きちんと企業活動と符合させていてほしい、と、つくづく願う。
   
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2009年08月23日

犬は幸せ? 人は幸せ?

旧暦七月四日 庚子(かのえね) 処暑

 立秋も過ぎ、暑さも一段落するという「処暑(しょしょ)」がやってきて、明け方の涼しさなんかには、ほっと一息。かすかながら、秋の気配も感じられるようになってきました。

 今、いちばん、会いたいのは、ハナちゃん。
 タレントのハナさんではない。

 古くからの友人夫妻が、犬を飼い始めた。
 何月から、って言ってたっけ。まだ、幼い。
 でも、もう、見た目は成犬。中型、というか、お座敷ペットのように小さくはなく、いっちょまえ、の大きさだけれど、秋田犬やシェパードのように大きくはない。
 結構スリムな、白いレディーである。

 麦秋の頃、友人宅を訪問したら、この新しい家族が、いた。
 人なつこく迎えてくれた。
 上がり込んで話していると、窓の外を見て「あっ」と、夫だか妻だか、どっちかが声をあげた。
「また、閉めてなかった」
 表の入り口は、ちゃんと閉め切ってあったのだが、裏に続く通路が閉じてなかったのだ。
 ハナちゃんは、お出かけしてしまった。

 うっかりすると、ハナちゃんはしょっちゅう遠征するらしい。
 その日も、朝から脱走して(笑)、ご近所( といっても広い )のあちこちから、ハナちゃんがいたよ、とか、ハナちゃんをみかけたよ、といった電話がかかってきたそうだ。
 みんなが心配してくれる人気者なのだ。

 でも、ほどなく、「あ、帰ってきた」
 タッ、タッ、タッ、タッ…、ポルカのリズムにでも乗っているように、ハナちゃんは、何くわぬ顔で、颯爽と、おウチに戻ってきた。
 お早いご帰還(笑)、です。
「今日は、朝からたっぷり遊んでいたから、やね」
 なるほど。

 狭いマンション住まいからみると、広々とした敷地を持つ古い農家の友人宅は、もう、家のまわりの庭だけで充分な広さがあるだろうと思うくらいなのだけれど、ハナちゃんにとっては、もっと広い自由な世界が、ごく自然に広がっているのだ。
 はい、おかえり(笑)。

 そんなにきびしくしつけたようでもないのに、ハナちゃんは、たいへん、礼儀正しい。
 玄関の三和土(たたき)を行ったり来たりしながらも、座敷には絶対に上がらない。
 でも、相手をしてほしい。
 がまんできなくなったら、なにか、そのへんに落ちているものをくわえて、座敷の上にほうり投げる。それでもって、それを取りに来る、という理由をつけて上がってきて、叱られる(笑)。
 すごく論理的なのだ。かしこい。

 ハナちゃんは、じつは、今頃、そこに居なかったかもしれない。
 というか、生きてさえいなかったかもしれない。
 捨てられて、殺処分される運命にあった。
 友人夫妻が、犬を飼いたいと思って、処分場での引き取りができることをみつけ、もらってきた。

 処分場では、もらわれやすい、人なつこい犬を優先的に選び、提供するそうだ。その選択も、悩みは多いでしょうね。
 ハナちゃんは、うしろのほうで、吠えもせず、おとなしく黙っていたので、かえって気になったらしい。
 よかったね。

 日本中で、一年間に殺処分される犬は、未だに十万匹を超えるという。
 これが、人間だったら、どうなのか。

 犬だけではない、猫もそうだろう。アナグマだとか、フェレットだとか、わけのわからないたくさんの「ペット」たちも「処分」されているはずだ。
 ずっと前に、テレビで、猫の仔を紙袋に入れて、人の庭先に投げ込んで捨てていくヤツがいた、という話をしていた。
 高校生の頃、嵯峨、野宮の竹林で拾った猫の仔が、連れて帰る間に、ぶるぶる震えながら、手のひらでおしっこをしたときの、温かい感触を思い出して、心から腹が立った。
 そのチビ猫は、学校でもらい手がみつかって、うん、きっとハッピーな生涯を送ったと思う。

 身勝手に「ペット」を飼って、自分の都合で捨ててしまうということが、なんで許されるのだろう。子どもと同じ、いのちの「遺棄」である。
 「ペット」だといって、いのちを粗末に扱う者が、みずからの子どもを、ちゃんと育てられるとは、到底思えない。
 厳しく、律せられるべきである。懲役でもおかしくない。それこそ、裁判員裁判にかければいい。

 むかし、我が家に、家族としていた犬は、十二歳で、フィラリアにやられた。
 最後は、親父が、ひと晩中つきそっていた。
 今は、フィラリアにも、予防というか、いい薬があるらしい。
 ハナちゃん、どうしてるかなあ。まだ、蚊の多い季節だから、フィラリアには気をつけてね。また、遊びに行くからね。
   
タグ: 殺処分
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2009年08月20日

五山送り火と、嵐山の灯籠流し。

旧暦七月一日 丁酉(ひのととり)

 16日には、大文字をはじめとする「五山送り火」が、無事に点されて、京都の夏は、ほぼ終わった。残すは、地蔵盆ですね。
 えー、たまに「大文字焼き」と言う人がいるけれど、京都では嫌われます(笑)。
 あくまで、盆行事の「送り火」であって、山焼きではないのですね。それに、大文字焼き、なんていうと、今川焼きの一種かな、みたいな感じになる。

 そういえば、今川焼き、と、太鼓焼き、とは、どう違うのだろう……。
 あ、また、横道にそれて叱られそうですが、とにかく、観光業界的には、正しくは「五山送り火」と呼ぶようです。

 五山送り火の夜には、嵐山の渡月橋のたもとで、灯籠流しが行なわれる。
 この渡月橋から北に突きあたった清涼寺で、三月に行なわれる「お松明」行事と、八月、送り火の日の「灯籠流し」には、毎年、ほぼ皆勤で出かけてきた。

 五山、すなわち、「大文字」「左大文字」「船形」「妙法」「鳥居」それぞれの送り火は、京都御所、つまり天皇さんのもともとの居所から、全部がよく見えるように配置されている、といわれている。
 今では、高い建物だらけで、御所からすべてはみえないはずだけれど、そこに近い出町柳あたりで少し移動しながらであれば、だいたい見えそうな感じである。

 送り火には、ほかにも「い」とか「一」とか「長刀」とか、まだほかにも、かなりの種類があったらしくて、もともとの民俗行事ではあるのだろうけれど、発祥その他、不明なことが多い。

 渡月橋からは、もちろん五山全部は見えるわけがないけれど、「大文字」と「鳥居」を見ることができる。
 「大文字」が点火される、夜8時の、少し前に行くと、ポツ、と、あれが「親火」なのだろうか、橋から、はるか東を望む、遠い山腹にかすかな灯りが見えていて、やがて、それが、あれ、あれ、と「大」の形に広がり、橋の上ではどよめきがおきる。
 「大」の字が、くっきりと現われたのを見て、橋を南に渡り、中之島の受付所のテントで、灯籠を流すために預けて、ふたたび橋を北へと渡る頃に、西北の方向、今度は「鳥居」に火が入る。これは近くて大きく見える。
 橋から東、下流に向けては、右岸を、灯籠が流れていくのが見える。

 渡月橋の上は、おすすめスポットです(笑)。

 今年は、日曜日の夜ということもあって、久しぶりに人が多かった。
 ただ、灯籠流しが少し、気になった。

 灯籠は、流してもらうために、受け付けるテントに預けに行く。その時に、灯籠とセットになった「塔婆」は、別の場所に設けられた仏壇(と呼んでいいのでしょうね、お賽銭をあげて焼香する場所がある)に持っていき、収める場所に入れ、仏前で拝む、という手順になっている。
 この「仏壇」の脇に、これまでは、いつも、おおぜいのお婆さんたち(すみません、若いオバサンもいたかも)が居並ぶテントがあり、お経、というより、御詠歌? を、そろって、ずっと詠じ続けてくれていた。
 これは、なかなか情感のあるもので、お盆に帰ってきたご先祖が、ふたたび帰って行くのを、灯籠にのせて、送り火とともに見送る、といった心情と風情にぴったりだった。

 それが、今年は無かった。

 この、嵐山の灯籠流しは、嵯峨仏徒連盟というところが主宰しているらしい。
 もっと古いものかと思っていたが、戦後になって、戦没者の慰霊のために始めたということのようだ。
 ということは、行政の財政援助などはなさそうな気がする。

 もともと、この灯籠流しは、渡月橋の北詰、左岸から流されていた。
 それも、かつては、確か、ロウソクが付いていて、流す川辺で自分で点灯して、浮かべる役の人に直接、渡していたのではないかというような、かすかな記憶がある。
 流れる距離も、かなり先で、少なくとも、橋から見える、川の湾曲の向こうまでは流されていた。
 今は右岸、というか、中之島側に場所が変わり、流し出したところから、もう百メートルくらいの、目と鼻の先のような場所で止めて、水から揚げている。

 御詠歌が無かったのは、おそらく高齢化のため、もう人がそろわなくなったのではないだろうか。気になって、嵯峨仏徒連盟に訊いてみようとしたけれど、電話がつながらなかった。
 番号が携帯電話になっているから、どこかのお寺に事務局がある、というものでもないようだ。組織としては、どういうものだろうか。
 また、あらためて、灯籠流しのことを尋ねてみたいと思う。

 嵐山の灯籠流しは、歴史は浅いけれど、京都の貴重な観光資源でもある。
 環境問題もあるけれど、灯籠を、もう少し先まで流して、引き揚げるのを、せめて橋から見えないところにするとか、御詠歌も、保存会をつくって維持するとか、できないものだろうか。
 ひょっとしたら、宗教行事、ということで行政の支援が難しいのかもしれないけれど、全国から訪れる人たちは、観光行事として見に来るのだから、サポートがあってしかるべきではないか。
 万一、灯籠流しがなくなるようなことがあれば、嵐山から見る五山送り火の情趣は半減してしまうだろう。

 それに、盆送りの行事とともに、戦没者の慰霊が行なわれている、ということを、あらためて思えば、政争の具となることを自ら選んだ靖国神社より、ずっと、庶民の心に訴えるものがあると思うのだけれど。
   
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2009年08月15日

敗戦の日。 半月先には、選挙に行こう。

旧暦六月二十五日 壬辰(みずのえたつ)

 本日、敗戦の日。
 ウラ建国記念日、とでもいえるだろうか。

 無条件降伏、だった。
 「終戦」記念日、などと呼びならわしているけれど、どこか、よその国で戦争が終わったのか、とでも思えるような言い回しは、日本無責任主義者のよく使う、日本語−日本語訳。
 今、もう、企業PRでも、すり替えコピーは通じなくなってきている。

 1945年、この、敗戦の年の12月になって、女性の参政権が確立されている。それまでは、「婦人参政権」というのは、認められていなかったのですね。
 ウィキペディアによると、1946年の総選挙で、「日本初の」女性議員39名が誕生したそうだ。
60年ちょっと前までは、日本も、せいぜい、そんな国だった。ヨーロッパあたりも似たようなものだった。
 この時の総選挙が、戦前の差別的な「総選挙」から数えて、第22回。
 もうすぐ行なわれる総選挙は第45回。
 回数としては、ようやく男女「平等」の選挙を実現したときから、倍を超える。

 その、総選挙が近づいてきた。
 公示になると、ネット上も制約されるようになる。
 それは、おかしいのだけれど、そんなところでインネンをつけられて闘うのも面倒なので、今のうちに、ぼやいておこう(笑)。

 これまで与党としてやってきた自民党、公明党が、民主党のマニュフェストの不備や、政策スタンスのゆらぎを、しきりと追求している。
 すべて逆効果でしょうね。

 年金問題の解決方法が矛盾だらけだとか、少子化対策がばらまきだとか、言えば言うほど、そんな問題も、もともとの責任は、君たちだろう、という話になる。
 関西風に言えば「ドツボにはまる」(笑)ことがわかっていない。

 誰も、民主党が、自民党に較べて、断然すぐれた政策を出しているなんて思っていない。どうせ似たりよったりではあるのだ。そんなことは、わかっている。
 だけど、どっちも似たようなものであるならば、自民党よりは民主党のほうが、前科がないよね、という話なのだ。
 ならべてみて、まったく同じだとしても、それだったら、これまで、さんざんひどい目にあわせてくれた自民党さんには、いったんドブに落ちてもらおう、それが今の国民感情である。

 みんな、たまりにたまった怒りの、はけ口を求めている。そして、それが今、政権与党と官僚機構に向けられるのは、客観的にみても、正当なのだ。
 残念ながら、同じ政権与党である公明党は、心にゆるぎのない(笑)信者さんがついているから、客観情勢の影響をあまり受けない。かつての社会党と同じように、政権を支えた責任は、党が壊滅してもおかしくないほど大きいはずなのですけれどね。

 民主党の政策は、けっして、ダントツすぐれているわけではない。
 子育て手当? なんかでも、批判されているように、バラマキそのものといえる。自民党議員が言うように、そのお金をもって、母親がパチンコに行ってしまったらどうするの、という話になる。
 子どもを産む気になるためには、出産や保育や学費を安くするとか無料にするとか、出産後も雇用の保証をするとか、「しくみ」の側から、子育ての費用も心理的負担も減るように改善を目指さないと、根本的解決は遠い。

 高速道路無料化なんかは、まさに愚の骨頂で、すでに大きな影響を受けているフェリーや、鉄道さえも潰しかねない。だいたい、これから高齢化で、ドライバーは減り、大量輸送、公共輸送のありかたを考えないといけないときに、全体の交通政策も見通さずに、高速道路だけ、ただ無料化する、などというのは、まさに大衆迎合でしかない。
 第一、何度もいうようだけれど、二酸化炭素の排出量は、一気に増えますよ(笑)。
 せめてやるなら、まず、ハイブリッド車か、電気自動車からの低料金化、無料化というのが「政策」というものだろう。

 マニフェスト、マニフェストと騒ぐ割に、じつのところは、マニフェストによって政権を選ぶ、なんていうことを、たいていの有権者は、あまり真剣に考えていない。
 第一、民主党はころころ変わるし、自民党なんて、政権与党のくせに、今さら言うのなら、ずっと前から、それは、できただろう、という話である。
 マスコミが騒ぐほど、マニフェストは、現実的影響を持っていない。
 選挙は、景気と同じ。マインドである。
 流れは完全に「政権交代」となっている。

 その中で、自民党は、たとえば、町村さんあたりは、巻き返そうと、後期高齢者の医療負担などについて、若い世代にたいへんな負担をかけているから、と世代対立をあおっている。
 最低ですね。
 サラエボを生み出した、あの民族主義者たちと変わらない。
 最初からひずみがくるのがわかっている制度を、土壇場まで放置して置いたのは誰の責任なのか。若いモンの前では、若いモンにすりよって、一方、年寄りの前では適当に言い繕う。もう、どうしようもない、政治家とは呼べないクズである。

 世代構成にしても、景気や税収にしても、常に政治運営に都合のいい状態にあるなんて限らない。そんなものはあたりまえであり、状況に応じて、その、やりくりのためのシステムを考えるのが政治家である。何のために議員として国民から給料をもらっているのか。

 まあ、もともと、たいして考えもせず、無定見に自民党を勝たせ続けてきた国民自身が悪いのだけれど、その「国民」に、政党がみんな、すり寄っている。
 迎合政治が強まるのも、「国民」とマスコミのなせるわざなのだけれど、とりあえず、官僚の利得を排除できるかどうかと、そのあと、政官どちらでもいいけれど、ほんとうに優秀な人材が育つしくみに変えられるかどうか。

 みんな、まずはガラガラポンすることが、何といっても、とっかえないで、このまま行くよりは、ずっとマシだと思っている。だから、政権交代は確実だろうけれど、さて、どれほどの逆転差がつくかといえば、この長い期間があり、夏の暑さでもボーッとして、「成熟した」忘れやすい日本の有権者は、なんとなくそれなりに揺り戻して、案外、思ったほど、議席数が開かないかもしれない。麻生太郎さんは、そこを狙っていますね。
 一方、もしも、想像を超えたような圧倒的大差がつくと、自民党は解党する。

 無意味な戦争で散った、多くの「英霊」の無念を思う八月の終わりに、とにかく、白紙でもいいから、投票に行こう。
 ただ忌避する、行かない、というのは、自分自身の社会的存在を捨てることになる。もし、投票するのにふさわしい対象がいなければ、恋人の名前でも書いておけばいい。バッテンでもいい。無効投票をするのも、権利である。シカトしてはいけない。
   
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